第51話 オアシスでの休息(3)


 また、戦時体制において日本は、キリスト教を敵性宗教として迫害していた。

 確か――宗教対立は結果であって原因ではない――という話を聞いた事がある。


 発端ほったんは『貧困にある』ようだ。今の日本を見れば分かるが、豊かになって、ある程度、生活にゆとりが出てくると信仰は希薄になる。


 つまりは寛容ではなく、無関心に近いのかもしれない。ただ、宗教同士の対立をなくす上で『貧困から人々を救う』というのは有効な手段なのだろう。


 教育や医療施設など、平等であれば軋轢あつれきも減りそうだ。

 正直、日本人の宗教観で下手に口出しをするのはけたい。


 俺のやるべき事は宗教に肩入れをすることではなく、彼らが安住の地を見付ける手伝いをする事だろう。


 今回、子供たちを救えたことは、結果的に重要な意味を持つのかもしれない。


「それにしても、みんな疲れきっているようだな……」


 馬車を一台一台見て回ったのだが、自然とそんな言葉がれた。

 最初はイスカにポーションを渡そうかと思っていたのだが――


(この様子なら、どう考えても数が足りない……)


 全員に行き渡らせるのはむずかしいだろう。

 使用は『怪我人』や『病人』が出た時のみに限定した方が良さそうだ。


 折角、顔を覚えてもらおうと思ったのだが、みんな動かない。

 死んだように眠っている。


「全員が馬車に乗っているワケじゃないからな……」


 とカムディ。「基本は歩きだ」と教えてくれた。

 足の遅い子供たちと、その子供たちの面倒を見るイスカ。


 彼女らは特別に馬車を使わせてもらっているそうだ。

 カムディがくやしそうにこぶしにぎるのを俺は見逃さなかった。


 自分も戦いたいのだろう。

 だが『足手纏あしでまといだ』という事も理解しているようだ。


 自分の弱さを呪う人間の目だ。イスカ程ではないが細い手足。

 明らかに栄養が足りていない。


 剣を持って戦うことも、盾を持って走ることも難しいだろう。


「少し待っていろ……」


 状況を変えてやる――と俺はカムディに告げた。

 サンドワームを倒すことで、敵の計画も変更になるだろう。


 その場合【終末の予言】に影響が出るハズだ。

 反撃のための時間をかせぐことが出来れば、状況が好転するかもしれない。


 時間があれば、ヤル気のある人材を活用する場をもうけることも出来る。

 そのためにも――


「まずは、あの巨大サンドワームを倒す」


 目標をさだめ、決意を固めた俺の言葉に、


「怖くないのか?」


 とカムディ。ようやく、俺が本気で『サンドワームを倒す』と言っているのを信じる気になったようだ。


「もっと怖いモノを知っているからな……」


 俺はそう返した後――『孤独』だ――とつぶやく。そして、


「あれを敵に回すと、人は狂ってしまう」


 と続けた。確かに『一人になる時間も必要だ』という考えには同意する。

 『孤独』は敵であると同時に味方でもあるのだ。


 では、どういう時に敵になるのか?

 例としてげるのなら、社会や仲間との交流がない状態の時だろう。


 定年退職した人の中には『まだ会社から必要とされたい』と思っている人間も多いようだ。贅沢ぜいたくな悩みだが、趣味を持たず、家庭に居場所のない人間もいる。


 長期的な社会的孤立は『高血圧』や『うつ病』『心疾患』『脳卒中』などのリスクを高めると言われているので、正常な反応なのかもしれない。


 結婚しないことが普通になり、単身世帯、未婚者、離別者ばかりになるだろう。

 暮らし向きが苦しい貧困層、健康状態がよくない弱者も当てはまる。


 パンデミックによって、隔離や行動制限が『大きな不安』や『ストレス』になることを多くの人間が身をもって体験したハズだ。


 逆に学校や会社に行きたくない人間にとっては、不安が減ったようだが――


(まあ、それは例外として……)


 女性の場合なら、子供と一緒にいても孤独を感じる事があるらしい。

 原因は簡単だ――自分の時間を確保できない事にある。


 家事や育児に追われ、好きな物を食べたり、友達と会ったりする時間が減る。

 たったそれだけの事だが、子供に生活を合わせるのだ。


 自分の行きたい時に、トイレにさえ行けない事だってある。

 上手く出来ない自分に対し、不安になるのは当然のことだろう。


 こういった人間は根が真面目なようだ。

 周囲に迷惑をかけてはいけない――そう考え、悩み事を一人で抱えてしまう。


 スローライフに憧れる人間も、田舎で暮らすことが目的ではなく『自分らしく生きる』という事に憧れているのではないだろうか?


 『孤独』自体が悪いワケではない。

 『孤独』を必要とする人間もいる。


 俺は家族を失ったからこそ、家族に愛を伝えることの大切さを知った。

 もし、会社の連中とも、仕事以外のことを楽しむことが出来ていたのなら――


(少しは違う未来があったのかもしれない……)


「自分に価値がないなんて、考えない方がいい」


 『孤独』が敵になる――と俺はカムディに伝える。


「今は自分の『弱さ』を理解しろ」


 環境は俺が作ってやる――そう言って、カムディの肩を軽く叩いた。

 社畜だからこそ、知っていることもある。


 弱さは人とのつながりを教えてくれるモノだ。

 助け合える仲間が出来た時こそ、人の持つ弱さは力に変わる。

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