第10話 一億総社畜(1)


 残念ながら、エーテリアは『社畜に特別な能力がそなわっている』と勘違いしているようだ。


 勿論もちろん、代わりの社畜を紹介する――というのも手だろう。

 しかし、今の彼女が、それで納得するとは思えない。


 それに周囲は、ほぼ山と畑である。

 今から代わりの社畜を探すにしても難しいだろう。


 まずは誤解を解く必要がありそうだ。

 そもそも社畜が生まれた原因は、戦後の学校教育にある。


 組織に服従する人間を作り上げるために、子供の個性や多様性を徹底的につぶしてきたのだ。


 出る杭は打つ――そんなことを『集団主義教育』として延々えんえんと続けてきた。少なくとも、俺が子供だった頃の小学校は『社畜育成機関』と言っても過言ではない。


 小学生時代は、組体操でピラミッドなどをやらされていたモノだ。

 組体操による死亡を含め、後遺障害も確認されている。


 骨折を合わせると――ひとつの学校だけで百人以上、怪我人を出している場合もあるので――被害者は相当な数になりそうだ。


 このような事に疑問を持たず、平然と続けるのが日本の義務教育である。

 加えて『いじめ』『教育格差』『教員の不足』などの放置。


 出来上がったのが『落ちこぼれ』をさらし者にする文化だ。

 公然として、弱者を叩くことが許されている。


 かつて日本には『一億総中流』という言葉があった。

 誰しもが自分を中流階級だと考えていたようだ。


 『モーレツ社員』や『企業戦士』などという言葉もなつかしい。

 それだけ仕事に『やりがい』があったのだろう。


 戦後における高度経済成長期――頑張れば頑張るほど、人は豊かになれる。

 誰もがそう信じて働き、経済を回していた。


 やがて『中間層』は『中流階級』になる。

 しかし、今の日本はどうだろうか?


 現代の日本人にとって『中流階級』の暮らしは『高嶺たかねの花』だ。

 むしろ『中流階級』の存在は破壊され、上流と労働者に分断されている。


 その大きな要因の一つが『就職氷河期世代』の『非正規雇用』だろう。

 確かに『派遣社員』をうらやむような時代もあった。


 だが『派遣切り』という言葉があるように、今は誰も彼らを守ってはくれない。

 企業からも、国からも見放みはなされてしまっている。


 つまり『非正規雇用』は『社畜育成機関』でいう『落ちこぼれ』に該当した。

 俺たちは『落ちこぼれ』をさらし者とする文化の中で育っている。


 日本人は負のスパイラルから逃げ出す事は出来ないようだ。

 『社畜育成機関』と『非正規雇用』。加えて『消費税』。


 社会保険料や法人税を国民負担でまかなうための税金である。

 日本人はすでに経済の奴隷となっているのだ。


 まさに『一億総社畜』である。

 大企業がこぞって消費税を引き上げようとしている理由は明白だった。


 少子化対策という建前で消費税を上げさせ『輸出還付金』という仕組みでもうける。

 格差は広がり続ける一方だが、弱者は叩いても許される文化。


 確かに一部では組体操が禁止となった。

 しかし、日本人は社会人となっても、精神的にピラミッドをらされている。


 ここで勘違いをしてはいけないのは『頂点が悪いワケではない』ということだ。

 何処どこかにピラミッドをらせている連中がいる。


 この状況を作り出している人間がいるのだ。

 日本人は幼い頃から延々と『それを当たり前だ』と叩きに込まれている。


 そんな人間を異世界に連れて行った所で、活躍できるとは到底思えない――


(というが俺の考えなのだが……)


 そんな説明をしても、彼女が困るだけだろう。

 正論だけでは、他人ヒトも女神も救えないようだ。


 エーテリアに気を遣う程度には――俺も彼女に対して――好意をいだいているらしい。ここは考え方を変えよう。


 要は異世界でも活躍できる人材を探せばいいのだ。都合よく魔物モンスターでも登場して『それを颯爽さっそうと退治してくれる』そんな人物がいてくれるといいのだが――


(そうはならないのが『現実』か……)


 まずは『現実』という名の魔物モンスターを退治する方が先決のようだ。

 俺はエーテリアを連れ出し、顔役へ挨拶あいさつをさせることにした。


 正確には、顔役の母親に当たる人物だ。

 俺は『ヨネばあ』と呼んでいる。


 うわさでは昔、浮気をした旦那に対し、なたを振り回して追い掛け回した事があるらしい。


 まで、噂だ。真偽の程は定かではない。

 このような田舎では、面白い話がないのか、そういったうわさが広まるのは早い。


 その分、尾鰭おひれも付いてしまう。

 ただ、ヨネ婆がこの家で最強なのは事実だ。


 ヨネ婆にさえ話を通しておけば、白も黒になる。


(いや、それは大袈裟おおげさか……)

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