第11話 一億総社畜(2)


 神秘的な力によって、他人が女神であるエーテリアの姿を見ても、違和感や疑問を持つことはないらしい。


 どうやら、俺の趣味で『彼女にヒラヒラなコスプレをさせている』と思われずには済みそうだ。


 この地域の顔役であるヨネばあへ、挨拶あいさつをしにきた俺たち。

 女神だけあってか、エーテリアは相手に好印象を与えることが出来るらしい。


 外国人ということで――警戒されたらどうしようか?――という俺の心配は杞憂きゆうに終わった。


 都会と違って、地方の集落は地縁・血縁と無関係ではいられない。

 顔役へ挨拶しないことには、地域住民とのコミュニケーションにも支障が生じる。


 とは言っても、俺からすると昔から知っている婆ちゃんだ。

 彼女に挨拶さえしておけば、そこまで厄介なことにはならないだろう。


 ただ気になったのは、俺が子供の頃からヨネ婆の姿が変わっていない事だ。


(いや、そんな気がするだけか……)


 子供の頃は『大人はみんな』大人に見えるモノだ。

 想像の大人を作り出していたのかもしれない。


 大人になった今だからこそ『大人はろくなモノではない』と思ってしまうのだろう。

 結果、違和感を覚えたに過ぎない。


 あっさりと挨拶が済んだので、拍子抜けしただけのようだ。

 大変なのは、これからである。


 北国の場合、厄介なのは人間関係だけではないからだ。

 自然の猛威もういに、病院の少なさ、素材がいいだけの料理。


 学力は低く、差別意識も強かった。

 車がなければ生活できず、主力産業はブラック産業だ。


 問題は山積みである。


なにやら、異世界に行ってもいい気がしてきた……)


 田舎の連中は相手の顔や苗字だけで、地元民か移住者かを見破みやぶると聞く。

 保守的と言えばそれまでだが、排他主義なのだろう。


 一見、れしく声を掛けてくるので勘違いしてしまうが『裏では変なうわさを流されている』と考えた方がいい。


 会社で新入社員へ、急に仕事を振るのと一緒だ。

 色々と試してくる。


 反応を見て、出来る奴かどうかを判断しているのだろうが合理的ではない。そのため、仕事を振られた当人からすると、困る様子を楽しんでいるように感じる。


 結果として、ただの『嫌がらせ』でしかない。

 ある程度の信頼関係がなければ、悪循環が生まれてしまうのだ。


 今の御時世、男性が女性に告白しただけで「〇〇に告白された、気持ち悪い」などとSNSに書き込まれてしまう。


 まずは相手とコミュニケーションを取り、距離を詰める事が大切だ。

 でなければ「〇〇に告白されるなんて、△△かわいそー」となる。


 他の女性も同調し、あっという間に風評被害のまとだ。

 何事なにごとにおいても、手順が必要となり、相手を思い遣らなければならない。


 いつまで一緒に暮らすつもりでいるのか分からないが、なるべくエーテリアを守った方が良さそうだ。彼女が人間を嫌いになってしまっては元も子もない。


 仕事においても、締め切りは伸ばすのが基本だ。

 なにが起こるのか、分からないからである。


 まあ、俺の働いていた会社では『確認のための確認』や『会議のための会議』とムダなことをやっていたので、あまり偉そうなことは言えない。


 ヨネ婆はエーテリアが気に入ったのか、家に上がっていくように告げる。だが、


「いや、これから住職の所に行く予定だ」


 と言って、俺は断った。なにやら、すっかり俺の嫁だと勘違いしているようだ。

 エーテリアも何故なぜか、否定をせずに嬉しそうにしている。ヨネ婆は、


「なら、気を付けた方がいい」


 と忠告してくれた。どうにも、虫や動物の気配が『大人しい』という。

 こういう日は『悪いモノが徘徊はいかいする』と決まっているらしい。


「凶暴な熊でも出たのかもしれないねぇ」


 ヨネ婆はそう言って、なたを貸してくれた。

 これで『その熊を撃退しろ』という事だろうか?


(アイツら、立ち上がると2m以上あるぞ……)


 それからこれも――と、ずっしり重い袋を渡される。

 中には『醤油』と『天ぷら油』が入っていた。


 道理どうりで重たいワケだ。『住職に持っていって欲しい』という事なのだろう。

 ここは「今日は行くのをめておいた方がいい」の間違いではないだろうか?


「いいかい、熊と会ったら、目をらしちゃいけないよ」


 とヨネ婆。まるで熊と対峙したことがあるかのような台詞セリフだ。

 いや、実際にあるのだろう。


 年寄りは山へ、山菜やきのこを採りに行くので遭遇率はかなり高い。

 ちなみに、熊には旋毛虫トリヒナという寄生虫がいる。


「素人は食べない方がいいよ」


 とも教えてくれた。なたで『熊が狩れる』などとは一切思っていないのだが、ヨネ婆なら勝てそうだ。そして、食べたことがあるらしい。


(もう、ヨネ婆を異世界へ連れて行った方が良くないか?)


 そんな考えが俺の脳裏をよぎった。そこへ、


「どうしたんだ? 唯人」


 サングラスを掛けた、如何いかにもガラの悪そうな『おっちゃん』が話し掛けてくる。

 ヨネ婆の孫の梅吉うめきちだ。


 残念なことに、俺と同学年である。他にも同じ学校の連中はいるのだが、みんな都会へと出て行ってしまった。


 基本は公務員が多い。農家では食べていけないので、仕方のない話だ。

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