第12話 魔物と遭遇した日(1)


「どうした? そんな嫌そうな顔をして」


 と梅吉うめきち。俺に地域の雑用が集中するのも、こいつが理由の一因となっている。

 ガラが悪いので『仕事を頼みにくい』というのも勿論もちろんあるのだろう。


 だが、一番の理由はだらしない事だ。

 顔役の息子という事もあり、皆も強くは言えないようだ。


 あまり良くは思われていないのだろう。

 関わると面倒なタイプなので、結果、言いやすい俺に仕事が回ってくる。


 俺自身、無職で独身なのがバレているため、ひまだと思われているようだ。

 会社でも「独身だろ?」という理由で休日出勤や残業を頼まれる事が多かった。


 今から考えれば、結婚していようが、独身だろうが同じ会社員だ。

 勿論もちろん『子供がいるから大変だ』というのは理解する。


 だが、それで面倒な仕事を他人に押し付けていい理由にはならない。

 考えるとイライラしてしまうので、今は忘れることにしよう。


「会って嬉しい顔でもないだろ?」


 と俺は梅吉へ返す。学生時代、一度、からまれたことがある。

 文句があるならおもてへ出ろ!――というノリで喧嘩けんかをして以来の仲だ。


 今の時代だと大人がかくうるさいのだろう。

 だが、あの時代は大体、喧嘩をして仲良くなる。


 お互いに軽口を叩ける程度には、今でも仲がいいつもりだ。


「確かにな」


 梅吉はそう言って納得した後――アッハッハッハ!――と笑う。

 としをとって太った。貫禄かんろくだけは増したのか、悪党っぽい。


 そして、すぐにエーテリアの存在に気が付いたのか、目を丸くしているようだった。おどろいたのもあるだろうが、美人なので興奮しているのだろう。


 田舎いなか娯楽ごらくも少なく、若い女性も少ないので、男性は性欲がき出しだったりする。若い女性の一人暮らしは、都会よりも危険かもしれない。


 彼女の全身をめ回すように見る梅吉に対し、


「うちのユイトさんが、お世話になっております」


 とエーテリアは頭を下げた。だから、その挨拶あいさつだと変な誤解を生む。

 まあ、相手はスケベなオッサンなので、勘違いをさせておいた方がいいだろう。


「彼女はエーテリア、一緒に暮らしている」


 俺は打切ぶっきらぼうに答えた。まあ、うそいていない。

 サングラス越しでも分かる、うらやましそうな視線を俺へ向ける梅吉。


 このまま放って置くと文字通り、指をくわえて見てきそうだ。

 そんな、みっともない孫の様子に対し、


「ボーっとしてんじゃないよ! 暇なら一緒にお行き」


 とヨネ婆。恐らく、梅吉は家にいてもゴロゴロしているだけなのだろう。

 理由を付けて、家から追い出そうとしているようだ。


 バシンッ!――孫の尻を叩くヨネ婆。これも愛のむちなのだろう。

 ヨネ婆は甘やかして育てたことを後悔しているのかもしれない。


いてぇよ、祖母ばあちゃん」


 と梅吉。すっかり中年太りしてしまった肉付きのいい尻をさする。

 脂肪のお陰でダメージは少なそうである。


 だが、これ以上、尻を叩かれるのは勘弁かんべんなようだ。

 ヨネ婆から逃げるように梅吉は距離を取った。


 俺としては別に、ついてこなくてもいいのだが、梅吉からすると家に居てもヨネ婆に小言を言われてしまうだけなのだろう。


 それにエーテリアにも興味があるようだ。

 鼻の下を伸ばしつつ、寺まで付いてくることにしたらしい。


 俺の運転する車の中で梅吉は移動中、デレデレとだらしない顔で――いや、それはいつも通りか――エーテリアへと話し掛ける。


 歳をとった分、場数を踏んだ所為せいか、饒舌じょうぜつになったようだ。


うるさいので、帰りは置いて行こう……)


 寺に着いた俺は、そんな結論にいたる。

 一応、護身用の道具が入ったリュックを持って行くことにした。


 ただ、今は熊よりも、梅吉の方が危険な気もする。独身をこじらせたのが原因なのか、オッサンだからなのか分からないが、なにやらしつこい。


 車から降りた俺は作業着に着替え、エーテリアに虫除けスプレーをする。

 今度は彼女に頼んで、俺にもかけてもらった。


「オレには?」


 と梅吉。正直『虫に刺されればいい』と思ったのだが、仕方がない。

 駐車場は無く、草を刈った広場へ車を停めただけだ。


 これから階段を上って境内けいだいへ行く必要があった。

 寺は山の中にあるようなモノなので『変な虫』も多い。


(いや、この場合『変な虫』は梅吉の方か?)


 仕方なく、俺がスプレーをしてやる。


「ちょ、顔は止めろ」


 と梅吉。当然、わざとである。


「人の彼女の尻ばかり見るからだ」


 俺が説明すると、


「失礼な、オレは胸派だ! だが、尻もいい」


 そう言って、何故なぜか開き直った。今からでも、帰ってくれないだろうか?

 俺のそんな気持ちなど一切、伝わっていないらしく、


「そっちこそ、なにと戦う気なんだ?」


 と梅吉。作業着に着替えた俺の格好が気になったのだろう。いつでも取り出せるように懐中電灯を胸ポケットに、なたと殺虫剤を腰のベルトに装着している。


 ヨネ婆から預かった荷物はエーテリアに持ってもらう事にした。

 彼女には普段から、畑仕事を手伝ってもらっている。


 結構、力持ちなのを俺は知っていた。


「熊が出るとヨネ婆に言われた」


 俺が説明すると「なにソレ、聞いてないよー」と梅吉。続けて、


「ちゃんと守ってね」


 とサングラスをずらし、俺へ向けてパチリとウィンクをした。


(こいつ、本当になにをしについて来たんだ?)

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