第13話 魔物と遭遇した日(2)


 寺へと続く階段をのぼる途中で、先頭を歩いていた俺は立ちまる。そして、


けものしゅうだ」


 と短く告げた。近くに熊がいるのかもしれない。

 子熊がいたのなら、母熊の凶暴性が増していそうだ。


 本来なら、ここで引き上げる所なのだろう。だが、寺には住職がいる。

 様子を見に行く必要があった。「分かった」と梅吉。


「エーテリアさん、オレと一緒に車で待っていましょう」


 と早くも逃げ腰になっている。俺は、そんな梅吉の耳を引っ張ると、


なに言ってるんだ? お前はついて来るんだよ『餌吉えさきち』」


 そう言って、再び階段をのぼる。


「痛いっ! 分かったから、待って……」


 と梅吉。観念した様子だったので、俺は耳から手を放す。

 やや大袈裟おおげさに耳をさすりながら梅吉は、


「お前、今、オレのこと『餌吉』って呼ばなかった?」


 そう言って首をかしげる。俺は、


「言ってないぞ『餌吉』」


 と答えた。「やっぱり、言ってるじゃん!」と梅吉は抗議する。

 そして、エーテリアの方を向き、気持ちの悪い笑顔を浮かべると、


ひどい奴ですよねぇ。エーテリアさん……」


 こんな奴とは別れて、オレと付き合いません?――と言い出す。

 まったく反省していないようだ。エーテリアは微笑ほほえむと、


「いえ、私にはユイトさんが必要です♡」


 と答えた。それは『異世界を救済するのに』という枕詞まくらことばがつくのだろう。

 ヨネ婆の時といい、先程から言葉をえて選んでいるようにしか見えない。


 まるで俺を揶揄からかって遊んでいるようでもある。

 困ったモノだと思いつつ、


「遊んでいる場合じゃない……」


 あまり大きな声を出すなよ――俺はそう言ってなたを右手に持った。

 草や木の枝を刈る分にはいいが、サイズ的には心許こころもとない。


 それでも、俺は先を急ぐことにした。

 流石さすがに熊を狩るのは難しいが、鼻先にでも一撃当てれば逃げていくだろう。


 基本的に動物は自分より大きな相手をける傾向にある。

 かさでも広げて、こちらを大きく見せる方法も有効かもしれない。


 俺はリュックから折り畳みの傘を取り出すと梅吉へ渡す。

 なんで傘?――という表情をしていたので、


「熊が出たら、広げて気をらせ」


 と告げておく。「なんでオレが」と不満そうな表情を浮かべたので、


「それとも、一撃当てるか?」


 俺がなたをチラつかせ質問すると、ブンブンと梅吉は顔を横に振った。

 ヨネ婆の孫とは思えない反応である。


 体型的には斧でもかついで熊と戦えそうなのだが、見掛け倒しのようだ。

 俺たちは境内へと到着する。周囲を警戒したが、特に変わった様子はなかった。


 だが、以前としてけものしゅうが強い。

 それに、いつもより静かだった。


なんだろう? この感じは……)


 動物の気配がないだけなら分かる。熊を恐れてのことだろう。

 だが、虫まで大人しいのは変だ。


 なにか見落としているのだろうか?

 取りえず、奇襲に備えて、視界の開けている場所を選ぶ。


(この間、草を刈っておいて良かった……)


 そんな事を思いつつ、住職が居そうな家屋の方へと向かう。しかし、


「待ってください」


 とエーテリア。「魔物モンスターの気配がします」と言い出す。

 魔物というとアレだろうか? ゴブリンやスライム。


 どうして、そんなモノが存在するのか彼女に質問しようとしたが【白闇ノクス】という存在が、女神である彼女の邪魔をしていた事を思い出す。


 なんらかの方法で送り込んできたようだ。


「数は分かるか?」


 俺の問いに、


「あちらに生まれたばかりの気配が三つ。それと大きなモノが一つ……」


 今にも生まれようとしています――とエーテリア。本堂の裏を指差す。

 彼女の言い回しから、転移してきたのとは違うようだ。


 魂だけをこちらの世界へ送り、たった今、受肉したような感じだろうか?


「それは人をおそうのか?」


 俺は確認するまでもない質問を口にする。エーテリアは、


「生き物すべての敵です」


 と答えた。ヤレヤレである。

 放って置くワケにも行かないので、先にそちらを確認しよう。


 『生まれたばかり』というのであれば、対処できるかもしれない。

 どうやら、違和感のようなモノの正体は魔物が原因だったようだ。


(簡単に倒せるなどと、期待はしない方が良いだろう……)


 俺は人差し指を口許くちもとに当ててから、慎重に本堂の裏へと回った。

 そう言えば、前回来た時、穴があった場所のような気がする。


 近づくと「ゲギョ」「ギョギョ」などと声が聞こえた。

 建物の影に隠れて様子をうかがうと、三匹の小鬼がいた。


 ゴブリンだろうか? 醜悪な形相で異臭を放っている。

 こちらには、まだ気がついてはいないようだ。


 俺はエーテリアから『天ぷら油』を受け取ると反動を利用し、容器ごと弧を描く形で放った。

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