第14話 魔物と戦った日(1)


 放物線をえがき、クルクルと回転しながら空を飛ぶ『天ぷら油』。

 ゴブリンたちの頭上を飛び越え、寺を囲んでいた森の方へと落下する。


 重量があるため――ボトンッ!――と大きな音を立てた。

 ゴブリンたちはおどろき、一斉にそちらへと顔を向ける。


 つまりは俺に対して『背を向けた状態になった』というワケだ。

 エーテリアの話によると生まれたばかりらしい。


 それは『赤ん坊』というワケではなく『この世界に存在できるようになった』という事なのだろう。見たかぎり、動きは緩慢かんまんだった。


 最初に出会った頃のエーテリアと『同じ理由だ』と考えられる。

 まだ、この世界に『馴染んではいない』ということだ。


 今なら簡単に始末が出来そうである。

 すで作業手順フローは組み上げた。


 まずは一番近くのゴブリンに勢いよく駆け寄り、背後からりを入れる。


「ゴギャッ!」


 とゴブリンは苦痛の声を上げたが、俺には躊躇ためらいの感情はなかった。

 普通であれば異形の存在に対し、恐怖するか、嫌悪するのだろう。


 恐らくは、エーテリアと『一緒に過ごしていた影響だ』と考えられる。

 邪悪なモノの存在を視覚ではなく、直感でとらえているようだ。


 行動しなければ、こちらが殺られる!――ゴブリンを見た瞬間、そう理解していた。異形の存在に対し、免疫めんえきや防衛のような機能がそなわったのかもしれない。


 だが、それだけでは思い切った行動には出られなかっただろう。

 ここは社畜としてみついた経験が役に立ったようだ。


 社畜において『感情を殺す』という事は息をするようなモノだ。

 思考を停止し、周りに合わせ、痛みを快楽に変える。


 それが出来なければ、会社に殺されてしまうだろう。

 会社も魔物モンスターも、俺にとっては同じ『敵』である事には変わりない。


 会社は『殺せない』が魔物モンスターは『殺せる』。

 俺たちの世代は合理的に考える人間が多い。


 『出来る』『出来ない』は大きな判断基準だった。

 だが、それ以上に俺が躊躇ためらわなかった理由がある。


 それはゴブリンの顔が、会社の上司の顔に似ていたからだ。

 人間の性格の悪さは顔に出る。


 会社の無能な上司とゴブリンの存在が重なった。

 心は冷静に――よし、殺そう――と判断を下す。


 日本の会社は年功序列で、評価は減点方式だ。

 なにかに挑戦して失敗した人間はそれ以降、評価される事はない。


 逆になにもしなかった人間ほど『出世する』というワケだ。

 学歴社会のため、学閥がくばつが存在し、特定の大学を出ていなければ出世できない。


 日本人は挑戦しないのではない。消極的になった方が得なのだ。

 その原因は『社会の仕組みに欠陥があるから』なのかもしれない。


 俺は蹴飛けとばしたゴブリンの背中をなたで斬りつけ、腹を踏み付けた。

 臓器が存在するようで、


「ウギョガッ!」


 とゴブリンが苦しむが、構っているひまはない。

 動きを封じたと判断し、俺は素早く、二匹目へと向かった。


 仕事と一緒で作業手順フローを決めた。

 俺はただ機械のように、それを実行するだけだ。


 そこに思考も感情も必要ない。『YES』か『NO』。

 ただ淡々と作業をこなす。


 「すみません」「すみません」「すみません」


 返答はすべて、それでいい。

 相手は俺の腰くらいの大きさだ。


 遠目には子供のようにうつるだろう。

 こいつらは油断して近づいてくる人間をおそい、殺し、なぶる存在だ。


 二匹目を斬りつけた後、蹴飛けとばし、地面へと転がす。

 足で肩を踏み付け固定すると、俺はゴブリンののどなたで斬った。


 ここまでは一分にも満たない時間だろう。

 三匹目はおびえているのか、動けずにいる。


 あっという間に仲間が二匹も殺られてしまったので、恐怖で動けないようだ。

 俺はまだ息のある一匹目の所に戻ると、鉈を振り降ろした。


 力を込め、刃を押し込む。

 包丁を使うのと一緒だ。まずは深く刺してから、刃を倒す。


 血飛沫が飛び、断末魔だんまつまの叫びを上げたので、絶命したようだ。

 一匹目と二匹目が、黒い粒子となって煙のように消えて行く。


 その様子を見て、三匹目はやっと動けるようになったのか、


「ゲギャギャギャッ」


 と叫びながら逃げ出す。相手が何処どこから現れたのか気になっていたので、泳がすつもりだったのだが――


(あの場所は……)

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