第15話 魔物と戦った日(2)


 ゴブリンが向かったのは、俺が先日の草刈りで見付けた穴だった。

 しかし、あの時よりも大きくなっていた。


 子供が落ちると危険だ――程度に思っていたのだが、今なら大人でも余裕で落ちてしまいそうだ。


 どうやらゴブリンは、その穴に飛び込もうとしたらしい。

 だが、突如として穴の中から大きな腕が出現した。


 タイミングが悪かったのか、頭を鷲掴わしづかみにされるゴブリン。


「ゲギャッ!」


 それが最後の言葉だった。抵抗ていこうむなしく――プチッ!――とトマトでもつぶすように、ゴブリンの頭はぜてしまった。


 小柄なゴブリンとはいえ、その頭蓋ずがいくだくとは大した握力あくりょくだ。

 下手へた近寄ちかよるのは危険らしい。


 作業手順フローを解体。『社畜モード』と言っていいのかは分からないが、状態を解除する。


(まずは観察が必要か……)


 魔物退治においては『専門家スペシャリスト』ではない。

 『全体的ゼネラル』な視点で対応しよう。


 そのまま、ゴブリンの死骸しがいは先程の二匹と同じように『消滅するのか』と思っていた。だが、消える様子はなかった。


(魔物同士で殺し合った場合、死体は残るのだろうか?)


 巨腕きょわんはゴブリンの死骸をつかんだまま、穴の中へと引っ込む。

 同時にバキバキと骨が砕け、ムシャムシャと肉を咀嚼そしゃくする音が聞こえた。


 どうやら、ゴブリンを食べているらしい。

 相手は肉食のようだ。俺は一度、エーテリアへと視線を送る。


 おびえてはいないようだ。

 むしろ、状況が飲み込めないのか、梅吉がアワアワとしている。


 腰を抜かし、その場にへたり込まないだけ、マシと考えるべきだろう。

 小さい頃から鶏や豚の解体を見てきたお陰で、免疫めんえきがあるようだ。


 俺は胸ポケットから懐中電灯を取り出す。女性が使う護身用のモノだ。

 相手が穴から顔を出した瞬間、顔面に光を当てる。


「ブモーッ!」


 と声を上げ、再び穴の中へと滑り落ちて行く巨大な魔物。

 音の反響具合からいって、そこまで深くはないようだ。


 この分なら、いつ上がって来てもおかしくはない。

 見たかぎり、相手は牛の頭で、片手には大きな戦斧バトルアクスを持っていた。


 魔物モンスターが俺たちの世界の知識に当てまるのなら、ミノタウロスといった所だろうか?


なたでは分が悪いか……)


 確か、薪割まきわりに使う斧が置いてあったハズだ。

 相手が穴から出てくる前に取りに行った方がいいだろう。


「ウメッ! 斧を持って来い」


 ついつい、昔の愛称で呼んでしまった。

 しかし、梅吉はそれが嬉しかったのか「分かった」とさま、行動に移す。


(いつも、それくらい機敏きびんに行動してくれるといいのだが……)


 オッサンになった所為せいか――大した運動をしたつもりはなかったが――俺自身、息が上がっていたらしい。


 バクバクとねていた心臓の音が、やっと落ち着く。

 そういえば、しばらく本気で走った記憶などなかった。


 意外に動けたことに感心すべきだろう。相手は警戒しているのか、それとも視力が戻らないのか、すぐに穴から出て来る様子はない。


 真っ暗な穴からい出てきた所に光を浴びせたので、恐らく後者だろう。

 こちらにとっては好都合だ。


 梅吉は斧を持ってきてくれたが「じゃあな」と、そのまま引き返してしまった。

 一緒に戦ってはくれないようだ。


(農家が牛を怖がって、どうするのだろうか?)


 折角せっかくの斧だが、俺が若かったとしても、流石さすがに振り回して戦うことは出来ない。

 恐らく、使えるのは一回だけだ。


 今度はエーテリアに向かって、袋を持って来るように指示する。

 ミノタウロスに勝つには『醤油しょうゆ』が必要だろう。


 全身を見たワケではないが、目測から身長は2m半はあるとみていい。

 ねらうのは足だが、近づくのは危険である。


 握力から推測するに、腕力も相当なモノだ。

 こちらの斧と違って、両刃もろはになっている戦斧バトルアクスは文字通り戦闘向きだ。


 そんなモノを軽々と振り回されては、こちらの胴体が真っ二つにされてしまう。


(いっそ、その斧を使って林業を手伝ってくれればいいのに……)


 村興むらおこしにも使えそうだ。余裕があるワケではないが、想像をふくらませる俺に対し『醤油』を持って来てくれたエーテリアは、


「女神である私をけがすために送られてきた魔物モンスターのようです♪」


 と何故なぜか楽しそうに語る。

 不安そうにおびえられるよりはマシだが、なにがそんなに嬉しいのだろうか?


 神は不滅だからこそ『けがす』ということのようだが、それは俺が殺され、彼女が『凌辱りょうじょくされる』ということを意味する。


(いや、俺が魔物を倒すと確信しているのか……)


 再び魔物が顔を出したので、俺は懐中電灯を向ける。

 だが、目をつぶっているらしい。その程度の知能はあるようだ。


 エーテリアに下がっているように指示を出し、俺は魔物の横へと移動する。

 相手は牛頭だ。草食動物の視界は広い。


 攻撃するなら、背後を取る必要がある。穴からい上がってきたミノタウロスに対し、俺はキャップをはずした『醤油』を槍のように投擲とうてきした。

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