第16話 そして、異世界へ……


 投擲とうてきした『醤油』だったが『はじかれたのなら仕方がない』と思っていた。

 ミノタウロスも視力が回復していなかったのなら、そうしただろう。


 だが、ミノタウロスは『醤油』をつかんだ

 ひょっとすると『好奇心』というモノがあったのかもしれない。


 見たことのない『醤油』に対し、興味をしめしたようだ。

 だが、それが命取りとなる。


 怪力によってにぎつぶされる結果となり『醤油』の中身が飛び出す。

 ブシャーッ!――と勢いよくミノタウロスの顔面に掛かった。


「ブモモモォーッ!」


 突如とつじょとして咆哮ほうこうを上げ、得物えものである斧を手放す。慌てた様子で両手を使い、顔に掛かった『醤油』をぬぐおうとしたのだが――


(もう遅い……)


 『醤油』が目に入り、痛みに苦しむミノタウロス。

 場合によっては浸透圧により眼球にダメージを受け、視力が低下する危険もある。


 戦斧バトルアクス脅威きょういを減らす事が出来ればいい――という程度の考えだったが、効果は絶大なようだ。ミノタウロスの怪力を警戒しつつ、俺は低姿勢で背後へと近づく。


 そして、斧を振るった。

 まきを割る要領でかかとの辺りを狙う。


 頭は角のある牡牛おうし、上半身は筋肉質の男性、下半身は毛におおわれた二本の足。

 股間に当たる位置には、立派なイチモツがぶら下がっている。


 女神を『けがす』というのは、そういう意味なのだろう。

 足にはひづめがあり、戦斧を振るう際はりも利きそうだ。


 加えて2mを越える巨体。前方への突進が脅威となっただろう。

 しかし、バランスが悪い。細かいフットワークは苦手そうだ。


 また、四つんいにでもならない限り、後ろへのりを警戒する必要はない。

 切断とまでは行かなかったが、振り下ろした斧の刃が骨まで届く。


 ひづめという事は、人間に例えるなら、爪先立ちをしている状態だ。

 この手の相手は、巨体を支える足が弱点と相場が決まっている。


 俺は飛び退く形で、かさず距離を取った。

 だが、必要以上に警戒してしまっていたようだ。


 顔を両手でおおい、片足を怪我したミノタウロスはバランスをくずし、後退する。

 そして再び、穴へと落下していった。


 視力を失い、足を怪我している状態では、穴からい上がるのは難しいだろう。

 俺は再度、梅吉に声を掛ける。


 この間、刈った雑草が袋に入っている。それを持って来るように指示した。

 そのまま捨てては、ゴミになってしまうだけだ。


 雑草や落ち葉は堆肥たいひになるため、集めて保管していた。

 俺はそれを穴へと捨てる。


 そして、残しておいた枯草かれくさたばに火をけ、穴へと投げ込む。

 モクモクと煙が上がり、しばらくすると断末魔の叫び声が聞こえた。


 この場合は焼肉ではなく、煙による窒息ちっそくだろうか?

 ミノタウロスはビーフジャーキーになったようだ。


 一方でエーテリアは『迷宮核』ダンジョン・コアと呼ばれる宝玉を回収していた。念動力でも使えるのか、穴から宝玉が飛び出し、彼女の手の中へと勝手に収まった。


 『迷宮』ダンジョンを造り出していた元凶らしく、これでしばらくは安心していいようだ。

 穴の方は放って置けば、自然にふさがるらしい。


 だが、それよりも、俺にとってはエーテリアの視線の方が厄介だった。

 彼女はただでさえ大きな瞳を開き、目を輝かせている。そして、


「やはり、私の見立てに狂いはありませんでした♪」


 と嬉しそうだ。今回は魔物モンスターとの相性が良かったのだろう。

 厳密げんみつには、俺は農家ではない。


 しかし、牛であるミノタウロスにとっては『天敵』といえた。

 これにて、今回の事件は解決だろう。


 だが、彼女がこの地に残っている限り『同じような事件は起こる』と言う話だった。【白闇ノクス】が女神であるエーテリアを狙っている限り、襲撃は続くらしい。


 それを放って置ける俺ではない。

 祖父もくなり、守るべき土地は従兄いとこが引き継ぐという。


 両親は俺が子供の頃に離婚しており、俺を引き取っていた母親も他界している。

 結婚もしていない以上、この世界にとどまる理由は無かった。


(覚悟を決めるべきかもしれない……)


 そんな事を考え、穴からの煙が消えるのを待つ。

 住職は魔物モンスターが放つという瘴気しょうきの影響で倒れていた。


 エーテリアが『治療してくれる』という事で、後遺症などの問題もないようだ。

 彼女の話によると『迷宮』ダンジョン同様、梅吉の記憶も、いずれは消えてしまうらしい。


「やはり、ユイトさんは選ばれし社畜でした」


 とエーテリア。全然嬉しくはない――むしろ、バカにされている気さえする――のだが、俺が魔物モンスターを倒してしまったので仕方がない。


 女神様は異世界へ連れて行くべき人間を『俺だ』と確信したようだ。

 いや、最初から決めていたのだろう。


 それから一週間後――

 身辺整理をした俺は、女神と一緒に異世界へと旅立った。


 もう、この世界に戻って来ることはない。

 一人の社畜が消えた所で、世界が変わる事はないのだから。

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