第二章 若返りの泉

第17話 子供になってるじゃないか!(1)


 最初に聞こえたのは――ザブンッ!――という水の音だ。

 光につつまれ、目の前が真っ白になったと思った瞬間、手足の自由を奪われた。


 オマケに息も出来ない。苦しい、だが――


(落ち着くんだ……)


 と俺は自分に言い聞かせる。

 恐らく、最初の音は水の中に落ちた音だろう。


 思うように身体からだが動かせないのも、息が出来ないのも――水の中だと考えれば――納得がいく。こういう時は、逆にりきんではいけない。


 俺は一旦、身体からだの力を抜いた。

 日本の良い所は四季がハッキリしていて、山と海を経験できることだ。


(このままでは、春と秋がなくなってしまうらしいが……)


 山で遭難そうなんした時の対処も、海でおぼれた際の対処も、心得ていた。

 落ち着くことで、状況も見えてくる。


 まず、自分が仰向あおむけであることが分かった。

 まぶたを閉じていても、光を感じる。


 『光がとどく』という事は、それほど深い場所ではないようだ。

 また、流れがないことも理解できた。


 やがて、身体が浮上ふじょうする感覚が伝わる。水中から顔が出た瞬間――ケホケホッ!――とむせながらも、俺は上半身を起こし、息をととのえた。


 それなりに広いようだが、水の深さは実家の浴槽よくそう程度だ。

 上半身を起こせば、顔が水面から出る。


 慌てていたのがバカらしい位だった。やがて、呼吸もととのい落ち着いたので――俺は素手で顔をぬぐい――周囲を確認する。


 飛び込んできたのは『外の世界』ではなく、どうやら洞窟どうくつの中のようだった。

 俺が居る場所は水溜みずたまり――いや、湖だろうか?


 白い岩肌に、くずれた石柱のようなモノが何本なんぼんか視界に入る。

 どうやら、水自体が青白く発光しているようだ。


 異世界へ転移した――と考えるのなら、魔力が原因だろうか?

 明かりがとどかないため、本来なら『真っ暗な場所だ』と考えるべきだろう。


 洞窟内の所々には青い水晶がびていて、水と同様に光を放っていた。

 岩にはコケが生え、金色の粒子をび、かがやいている。


 奥の方は暗いようだが、一先ひとまず、明かりの心配をする必要はないらしい。

 手足を上手く動かせなかったのは、俺が服を着ていた所為せいもあるのだろう。


 立ち上がると、全身ずぶ濡れのため、身体からだがヤケに重たい。

 転移の影響で上手うまく身体に力が入らないのだろうか?


 足が短くなった気もする。そんな違和感を覚えつつも、俺はしばらく立ち止まり、服へと染み込んだ水が下に落ちるのを待つ。


(まずは、着替える必要があるな……)


 ここが異世界であることは間違いないだろう。

 やれやれ、最初からひどい目にってしまった。


 下手へたをするとおぼれていたかもしれない。

 これはエーテリアに文句を言う必要がある。


 しかし、身体の感覚がどうにもおかしい。

 最初は『転移した影響』と『衣服がれている所為せいだ』と思っていた。


 だが、手も小さくなっている気がする。まるで女性――


(いや、子供みたいだ……)


 元会社員でデスクワークが基本だった。

 そのため、そこまでゴツゴツとした手ではなかったのだが――


(ここまで、可愛い手でも無かった気がする……)


 しかし、黒子ほくろの位置や爪の形状には見覚えがある。

 人間が一番見る機会が多いのは『自分の手』だろう。


 まるで昔に戻ったような――


(まさかな……)


 と思いつつ、服が軽くなったので、俺は近くの岸へと上がることにした。

 湖――洞窟どうくつなので地底湖だろうか?――の割に水は冷たくない。


 風邪を引くことはなさそうだが、衣服が肌に張り付いて気持ち悪かった。

 異世界仕様なのだろうが、衣装も変わっているようだ。


 この時代の一般的な服なのだろうか?

 俺は自分で着た覚えのない服を適当に脱ぐ。


 取りえず、少しでも早くかわくように、岩の上に広げて置いておこう。

 同時に一緒に来ているハズであるエーテリアの姿を探した。


 裸を見られるのに抵抗がある――と言いたい所だが、魔物モンスターを倒し、異世界へ行くことを決めた『あの日』。


 俺は彼女と関係を持った。

 『この歳で童貞』というのも、今はめずらしい話ではない。


 いつの間にか、恋愛はリスクが高くなってしまった。

 性的な欲望を満たすコンテンツも、安く簡単に手に入る。


 しかも大量に存在した。かつては『三十まで童貞だったら魔法使いになれる』と言われていた時代がなつかしい。


 『働いたら負け』などと言っていた連中もとしをとってしまい、今はその余裕がなくなったのだろう。そんな言葉も聞かなくなった。


 今はSNSを始め、ネットには他人を誹謗中傷する言葉があふれている。

 なにかの分断工作か? と思える程に、他人に対して攻撃的だ。


 昔は『パソコンが使える』など、ある程度の知識が必要だった。

 だが今の時代は、スマホが必需品インフラとなっている。


 多くの人たちが当たり前のように、利用することが可能となっていた。

 ただ、いつの時代も『人は自分の信じたいことだけ』を信じる生き物だ。


 情報の偏食へんしょくが起こっているのだろう。

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