エピローグ

第161話 旅立ちに向けて(1)


 最初に聞こえたのは――ザブンッ!――という水の音だった。

 真っ暗な闇の中にたと思ったのだが、優しい光につつまれる。


 目の前が急に白でおおわれたと思った瞬間、手足の自由をうばわれた。

 オマケに息も出来ない。苦しい、だが――


(またか……)


 経験としては二度目だが、流石さすがにまだれない。

 恐らく、俺は死んだのだろう。


 最初に聞こえた音は、水の中に落ちた音だ。

 つまり、ここは『女神の神殿』である。


 思うように身体からだが動かせないのも、息が出来ないのも――水の中だと考えれば――納得がいく。こういう時は、下手へたりきんではいけない。


 俺は一旦、身体からだの力を抜いた。

 おぼれた時の対処たいしょ法は心得ている。


 パニックになるのは命取りだ。まずは落ち着こう。

 そうする事で状況も見えてくる。


 まずは自分の態勢たいせいだが、仰向あおむけである事が分かった。

 やはり背中から落ちたようだ。


 この辺は前回と同じらしい。

 ゆっくりと背中を突き上げられるような感覚。


 まぶたを閉じていても、光を感じる。

 落ちた時は結構深いと思ったのだが、身体からだはすぐに浮上ふじょうした。


 水中から顔が出た瞬間――ケホケホッ!――とむせながらも俺は上半身を起こし、息をととのえる。


(また、洞窟どうくつのような場所か……)


 と思いながら、れた髪をき上げ、顔の水滴を手でぬぐう。

 だが、それは違ったようだ。目を開けた瞬間、視界に入ってきたのは――


(石造りの建物?)


 どうやら、俺は屋内に居るらしい。

 まあ、考えても仕方がないので、素直にエーテリアへ質問をした方がいいだろう。


(どうせ隠れて、俺の様子を見ているに違いない……)


 困ったモノである。俺の慌てる様子を見て、楽しむつもりなのだろう。

 子供っぽいというか、悪戯いたずら好きというか――


(そんな所も可愛かわいいと思ってしまう自分がいるためか……)


 怒るワケにもいかず、対処がむずしい。本人は軽い気持ちで揶揄からかっているつもりなのだろうが、こちらとしてはワケの分からない状況である。


 すぐに出来てきて、説明して欲しい所なのだが――


(まずは周囲の観察か……)


 前回来た時は『地下に広がる湖』といった景色が広がっていたのだが、今は石造りの壁や柱が規則きそく性を持って存在している。


 明らかに人工物といった感じだ。ただ、ここが『女神の神殿』であるのなら、入ることが出来る人物は限られている。


 俺とエーテリア以外に、ここを訪れる者はいないので、第三者の存在が居る可能性は切り捨てよう。恐らく、別の理由だ。


 今、俺がいる場所は『屋内に設置された噴水ふんすい』といった所だろうか?

 き出た水がまり、水路に沿って四方へと流れているようだ。


 植物の姿もあるので、自動で水を与えるシステムなのだろう。

 さっさと出たい所だが、れた姿で屋内を歩く事になる。


 こういった場所をびしょれで歩くのには抵抗があるのだが――


(仕方がない……)


 俺は噴水から出るため、立ち上がるとへりへと手をいた。

 そこでようやく、気が付く。


(ヤケに手が小さい……)


 どうやら、また子供の姿に戻っているらしい。

 れた服が重いため、足を上げてい上がるのも一苦労だ。


 噴水ふんすいはそれなりに広く、ライオンの口からお湯が出ていれば、浴槽よくそうといえるだろう。足が短くなったため、思うようにとどかない。


 またれているので、足をすべらせてしまいそうになったが、転がるような形でなんとか脱出する。


 服に染み込んだ水が水滴となって、ポタポタと床に落ちるので、さっさと服を脱ぐ。軽くしぼって、適当な場所に置いておけば、その内かわくだろう。


 今回は着替えを持っているので、タオルで身体からだいた後、着替えを済ます。

 やはり、装備も子供サイズになっている。


 ここが『女神の神殿』である事は間違いないだろう。

 壁には水晶が等間隔に設置さえていた。これがあかりとなっているようだ。


 確か前回は、洞窟どうくつの白い岩肌いわはだき出しになっていて、くずれた石柱のようなモノを何本なんぼんか見た。


(それが『修復された』という事だろうか?)


 つまり『本来の神殿の姿に戻った』と推測できる。

 さて、神殿の中を探索してもいいのだが――


(そろそろ、エーテリアが出て来る頃合いか……)


 水は冷たくないので、風邪かぜを引くことはないだろう。

 だからと言って、このまま放置されるのも困る。


 俺は周囲を見渡みわたしたが、エーテリアの姿はない。

 次に耳をませてみたが、水の流れる音しか聞こえなかった。


(下半身でも出していれば「まあ、可愛い♡」と言って姿を現すのだろうか?)


 いや、どんな女神だよ――と無言でセルフ突っ込みをする。

 前回はそれで出てきたので、完全に間違っているワケでもない。


 しかし、先程着替きがえた際、裸にはなった。ツルツルになった自分の股間こかんをじっくり見る趣味もないので、素早く着替えたのだが――


(もう少し、ブラブラさせておけば良かっただろうか?)


 今は子供の姿なので、セーフだろう。もう一度「子供になってるじゃないか!」とおどろけば、彼女も出てきてくれそうだが、流石さすがにワザとらしい。


 俺は少し考えた後、


「隠れてないで、可愛い姿を見せてくれ!」


 俺だけ子供の姿を見せるのは不公平だ――と告げると、空中から桃色の金髪ローズブロンドにヒラヒラとした純白の衣装をまとった少女が出現する。


 ただ、落ちて来るのは予想外だ。

 あわてて受け止めようとしたのだが、今の俺は子供の姿である。


 彼女を受けめ切れず、下敷したじきになってしまった。

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