第162話 旅立ちに向けて(2)


「ひゃあっ! ご、ごめんなさい、ユイトさんっ!」


 とあやまるエーテリア。俺としては謝罪よりも先に退いて欲しい所である。

 神域ここでは怪我けがなどしないだろうが、気持ちの問題だ。


 取りえず「いや、大丈夫だ」と答えておく。右手を軽くげ、手を振るとエーテリアは気が付いてくれたらしく、素早く降りてくれた。


 俺はゆっくりと立ち上がり、あらためて彼女の姿を確認する。

 やはり、俺の成長と彼女の成長は連動リンクしているらしい。


 子供の姿となったエーテリアが心配そうに、こちらを見ていたので、


流石さすが何度なんども死んではいられないさ」


 と軽口かるくちたたいてみる。ちょっとした冗談のつもりだったのだが、彼女はお気にさなかったようだ。


「じゃあ、自分が死んだ事は理解しているのですね」


 そう言ってエーテリアは俺に詰めってくる。可愛かわいい顔をしているため、迫力はくりょくにはけるのだが、ここで表情をゆるめると後々のちのち面倒だ。


 俺は降参こうさんのつもりで、両手を軽くげると一歩後退する。

 まったく、もうっ!――とほほふくらませるエーテリア。


 だが、すぐに肩を落とした。

 なにやらあきれられてしまったらしい。


(一度、ここに来る前の出来事を冷静に考えてみるか……)


 グラナとの契約の後、大男たちのもとへと向かい、スライムを退治した。

 怪我けがをした連中にも回復魔法をほどこす。


 次にエーテリアに頼んで雨を降らせてもらった。

 砂を掛けて消す事も出来るが、その方が早いだろう。


 折角、雲を広げてもらったのだ。使わない手はない。

 燃えた竹林やほりの炎が鎮火ちんかする中、人々は再度、勝利を確信したようだ。


 天のめぐみでもある久し振りの雨に、皆一様に歓喜かんきしていた。

 大男たちの部隊は、装備がけてしまったらしく、ほぼ全裸に近い状態だ。


 そんな男たちが飛びねたり、抱き合ったりしている。

 見ていて面白い光景ではなかったため、俺は早々に退散することにした。


 都市へ戻る途中、女剣士の部隊が堀のそばに居たので声を掛ける。

 巨人の最後を確認していたようだ。


「見事だったな」


 と俺がめると、逆にお礼を言われてしまう。

 どうやら、彼女の旅の目的の一つが果たされた事による感謝のようだ。


 こちらとしても利があってやった事なので、お互い様なのだが――


(ここは恩を着せておこう……)


 と俺は考えた。また今後の方針については、後でゆっくりと話しを聞く約束をする。獣型の巨人は完全に息の根がまっているので動き出すことはない。


 兵士たちにも家族がいるだろう。


「まずは都市に戻って、皆の無事を伝えるべきじゃないのか?」


 と俺は告げる。女剣士も――そんな俺の言葉に――納得したようだ。


「そうだな」


 と同意した後、部下たちを連れて都市へと戻って行った。俺もミヒルとイスカに会いに行くべきなのだろうが、今回のいくさの総大将みたいなモノだ。


(色々な所に顔を出した方がいいだろう……)


 そう考え、彼女たちが避難している神殿へ行くのは後回しにした。

 まずは城壁にいる兵士たちの様子を確認する。


 分かってはいたが、すでにお祭り状態モードだ。

 なにやら楽しげにおどっている。


 雨の中、元気なモノだ。

 俺は大男たちを迎えに行くように指示を出した。


 向こうは裸なので、ちゃんと服を持って行くように付け加える。

 その後、青年狩人を探す。


 皆と距離を取るように物見台の上に座って休んでいた。

 彼らしいと言えるが、こんな時くらい、浮かれてもいい気がする。


(まあ、俺が言える立場じゃないのだが……)


 軽く二言三言、社交辞令程度の会話を交わす。

 もう少し周囲を警戒しておくとの事だった。


 優秀である分、あつかいがむずかしい。

 俺は最後に老戦士と神殿長のもとへ行き、状況を報告した。


 取りえず、祝杯でも上げて欲しい所だが、お酒はあっただろうか?

 無いのなら葡萄ぶどうがあるので、後で発酵はっこうためしてみよう。


(後は……)


 俺が敵の本拠地となっていた――老戦士たちの故郷である――『オルガラント』へ向かう事を告げると、


「待ってくれ」


 と老戦士。ひざき、こうべれる。

 いや、老戦士だけではない。


 神殿長を含む、その場の全員が一斉に同じ仕草をした。

 これではまるで、俺が王族のようだ。


 くさいが、ここで「顔を上げてくれ」というのも、おかしな話だろう。

 社畜人生を送ってきたため、他人ひとから感謝される事にはれていない。


 つい、顔がゆるみそうになったが――


(ここは我慢がまんだ……)


 今の俺は救世主である。


大義たいぎだったな。長い間、よくえてくれた」


 そんなお約束の言葉を告げると、途端とたんに老戦士たちは泣き出す。

 正直、大人おとなに泣かれると対応に困る。


 しかし、皆は絶望の中、生き残ったのだ。

 それぞれに思う事があるのだろう。


 ただ、これ以上、ここにると面倒な事になりそうな予感がする。

 年寄りの話が長いのも事実だ。


 俺は「後の事は任せた」と告げ、『アレナリース』を後にする。

 魔物モンスターの残党がいないか『オルガラント』を調査するためだ。


 流石さすが巨人サイクロプスはいなかった。

 ただ、魔物モンスターが入り込む可能性もある。


 俺は『オルガラント』の破壊された門の代わりになえを植え、大樹へと成長させることで応急処置をした。


 また、魔物モンスターが寄り付かないように『結界草バリアリーフ』を周辺に植えておく。

 これで老戦士たちが街へ戻ってきたとしても、魔物モンスターおそわれる事はないだろう。


 結局、俺が『アレナリース』へ戻ったのは、夜中だった。

 そのまま、馬車に戻って寝ようとしたのだが――


(記憶がない?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る