第163話 旅立ちに向けて(3)


 ――はて?


 俺の身に、いったいなにが起こったのだろう。

 『思い出せない』というよりは『覚えていない』という方が正確である。


 つまり『その時』俺は死んだらしい。


「過労死したんですよ!」


 もうっ!――とエーテリア。彼女にしてはめずしく声をあらげていた。

 俺からすると、子供の姿と相俟あいまって、ただただ可愛い。


 まあ、今、そんな事を言うと余計に怒られそうだ。


「ああ、なるほど……」


 道理で――俺はうなずき、ポンと手を打つ。

 冷静に対処したつもりだったが、そんな俺の態度たいど印象いんしょうが良くなかったようだ。


 何処どこか『他人事のように考えている』とうつったのだろう。

 彼女には気に入らなかったらしく、


「私が、あれ程『休んでくだい』って言ったのに!」


 そう言うと同時にエーテリアは俺をポカポカとたたき始めた。

 他にも不満がまっていたようだ。


 痛くはないので、ここは彼女の気が済むまでえる事にする。

 それに俺自身、心配される事にはれていない。


(こういう時、どうせっすればいいのだろうか?)


 反応に困ってしまった――というのが正直な所だ。

 取りえず、あやまっておこうと思い、エーテリアと向かい合う。しかし、


「もうっ! ユイトさんのバカバカバカ」


 と余計にたたかれてしまった。

 流石さすがに顔面をたたかれるのは痛いので、勘弁して欲しい。


 俺は両手をつかむ形で、彼女の動きを押さえると、


「ごめん」


 とあやまった。それから「決して、エーテリアの言葉をないがしろにしていたワケじゃないんだ」と付け加える。


むしろ、エーテリアが一緒だから、つい頑張ってしまった……」


 エーテリアの守りたいモノを俺も守りたい――そんな俺の言葉に、彼女は一瞬動きをめた。また、ほほめて俺を見詰める。俺は、


(これでゆるしてもらえただろうか?)


 そう考えたのだが、その見立ては少し甘かったようだ。


「フーンだ! その手には乗りません……」


 はなしてください!――というので、俺はつかんでいた彼女の両手を離す。

 あまり力は入れていないため、振りほどこうと思えば、簡単に振りほどける。


 痛くはないハズだ。しかし、エーテリアは、


「どうして、簡単にはなしてしまうんですか?」


 私のこと、好きじゃないんですか?――と言って、俺は逆に怒られてしまう。

 はなしてくれと言ったのは、そっちなのだが――


(どうやら、対応を間違えてしまったらしい……)


 俺が困った表情を浮かべたからだろうか?


「そこはめて、無理矢理キスをして、大人おとなしくさせる場面です!」


 とエーテリア。どうやら、今日の彼女は面倒なようである。

 久し振りに二人きりになれたので、変な方向にギアが入っているのだろう。


「もうっ! ユイトさんなんて知りません。嫌いです!」


 私、実家に帰らせて頂きます!――などと言い始めた。


(その台詞セリフを『言いたかっただけ』なのではないだろうか?)


 だいたい『女神の神殿ここ』が彼女の実家のようなモノだ。

 しかし、この状況タイミングでツッコミを入れると、また面倒な事になるのは明白である。


 俺は彼女に言われた通り、くちびるふさいで黙らせた。

 随分ずいぶんと長い間していたと思うのだが、誰も見ていないので問題ないだろう。


 それよりも、


「もう一度してください♡」


 などとせがまれたので、彼女の気が済むまで何度なんども繰り返した。

 正直、子供の姿で良かったと思う。


 大人の姿でこんな事をしていては、俺の理性がもたない。

 かく、女性という生き物は、時に面倒な生き物である。


(それは女神であっても、少女であっても、変わらないらしい……)


 俺も戦闘だけではなく、恋愛方面のレベルアップやスキルの習得を頑張った方が良さそうだ。しばらく、彼女とイチャイチャした後、今後の方針を決める。


 最初にエーテリアが、


「式の日取りですけど――」


 などと言った時は冗談かと思ったのだが、戻った俺はイスカと結婚式をげる事になっていた。正確には、エーテリアが憑依ひょういした状態のイスカとである。


 エーテリアは満足しているようだが、イスカとしてはそれで良かったのだろうか?

 いくなんでも、神様を――この場合は大精霊様を――盲信し過ぎだ。


 言葉を選び、慎重に確認すると、この地域は一夫多妻制らしい。

 イスカとしては――そういうモノなので――問題ないようだ。


(エーテリアめ、知っていて黙っていたな……)


 今回の事件といい、結局は彼女が自分の欲しい物をすべて手に入れている気がする。女神であるエーテリア自身が黒幕のような気もするが――


(まあ、そこをうたがっても仕方がないか……)


 それよりも、俺が子供の姿で現れたというに、街の連中には違和感がないようだ。

 困惑したのは俺の方である。


 また、結婚式といっても、都市の完全な復興には程遠い状況だ。

 食材や酒は『豊穣ほうじょうの杖』を使って、俺が十分な量を用意する。


 当然、料理や衣装をふくめ、全体的に質素しっそなモノになった。

 意味合いとしては――【終末の予言】を切り抜けた――そのお祝いもねている。


 人々は大いに盛り上がり、誰もが俺たちを祝福してくれた。

 エーテリアもイスカも形式より、皆に祝福されることの方が大切なようだ。


 その辺は俺としても、大いに助かる。

 式は三日三晩続き、もうなんのお祝いか分からなくなっていた。


 まあ、人々の笑顔がエーテリアにとっても、イスカにとっても、一番嬉しいモノなのだろう。


 余談だが、初夜については――俺が子供の姿のため――寝所を共にしただけでなにもなかった。


 馬車でも一緒に寝起きをしていたので、いつも通りだ。

 俺としても、心の整理が出来ていなかったので、正直助かる。


 やがて式も終わり、この時代とも別れの時が来た。

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