第28話 序盤の雑魚(2)


「名前は『ミヒル』というのか……」


 ゆっくり食べろ――と助けた女の子に俺は告げる。

 目に付いた適当な民家に入り、台所を拝借はいしゃくした。


 火をおこし、見付けた食材で温かいスープを作ったのだが、口に合ったようだ。

 パンはかびていたが、エーテリアに浄化してもらった。


 残っていた水もくさっていたが、これも同様だ。

 かたくなったパンは焼いてから、細かく千切ってスープに入れる。


 クルトンみたくはならなかったが、香ばしいにおいとパリパリとした歯応はごたえは美味しそうだ。


 ミヒルが食事をしている間に色々とりたい事があったのだが、彼女は俺が視界から消えるとひどおびえるため、離れることが出来ずにいた。


(余程、怖い目にあったのだろう……)


 何処どこかにまだ、ゴブリンが隠れている可能性もある。

 俺は感知系の『技能スキル』のレベルを上げておく事にした。


 子供なので、そう多くは食べないらしい。食事が終わると、お腹がいっぱいになったのか、ミヒルは座ったまま眠りにいてしまった。


 子供だからなのか、猫に近い『獣人族アニマ』だからなのかは分からない。

 急に電池が切れたようになる。


 取りえず、口の周りと手をいて、そのまま寝かせることにした。

 俺はこのすきに家の中を調べる。


(シーツやクッションがあれば拝借はいしゃくしよう……)


 一通り見て回ったが、やはり荒らされてはいならしい。

 むしろ、綺麗に片付いている。


 家具はあるのだが、ほとんどは持ち出した後のようだ。

 空っぽの棚が多く、物がなくなっている事が分かった。


 ゴブリンの可能性もあるが、奴らだったら家の中を荒らすだろう。

 盗人の仕業しわざだとすれば、手口はバレないように物を盗る『空き巣』に近い。


 他の家も見てみないと断言は出来ないが、恐らく――物を持ち出して――街の住民が逃げた後ようだ。


 つまりは『逃げ出す準備をする時間があり』『この街へはもう帰ってこない』という事なのだろう。


 【終末の予言】により砂漠の街が、大量の魔物モンスターから襲撃を受けることが分かっている。その情報は多くの人々に伝わっていた。


 あらかじめ街を捨てる準備はしていたのだろう。そこへスライムの出現が重なった。

 逃げ出すには丁度いい状況タイミングだ。


 旅へは連れていけない老人や病人、身寄りのない子供も『人々が逃げ出すための身代わり』として残すのなら、良心の呵責かしゃくさいなまれなくて済む。


 現代の地球においても、平然と魔女狩りが行われている地域もある。

 『持つ者』が『持たざる者』を切り捨てるのは、異世界でも変わらないようだ。


 まずは街の門を閉じることにする。街を歩くことで様子を確認する意味もあった。

 問題はまだ魔物モンスターが残っていることだろう。


 逃げ出したのは一時的で、どうやら、また戻ってきているようだ。

 よくよく考えると、態々わざわざ砂漠に生息する魔物モンスターが街まで来るのはおかしい。


 この街には魔物モンスターき付けるなにかがあるのだろうか?

 そこまで考えて――


(もしかして、魔結晶が原因か?)


 人間にとっては魔力エネルギーとしての価値しかないが、魔物モンスターはそれを体内に取り込むことで強くなる。


 魔結晶が大きく、純度が高い程、多くの魔物モンスターきつける――という考え方は、理にかなっているのではないだろうか?


 つまり、この街に巨大な魔結晶を作り出し、魔物モンスターを集めて『砂漠の街を襲撃する』という算段なのかもしれない。


 人間の拠点である街を一つつぶすことが出来て、物流もとどこおる。

 魔物モンスターを集められるので【白闇ノクス】側にとってはいいことくめだ。


 俺は大きく溜息ためいた。

 こういう事に気が付いてしまうから、上司に目を付けられるのだろう。


 下手へたな正義感など見せるべきではない。上司からすれば『自分の息の掛かった都合のいい人物を優遇したい』と考えるモノだ。


 結局、古い連中は『組織の輪を乱されること』それを一番嫌う。例えば読書冊数――本離れについて――だが、00年代にはV字回復をげている。


 それでも『本離れが進行している』という情報をアップデート出来ない人間は未だにいるらしい。80~90年代の情報を引きっているのだろう。


(まあ、あの世代の大人はみょうかたくなだ……)


 『大人が読ませたい本』と『子供が読みたい本』は違うに決まっている。

 スマホを持っているので、文章など山ほど読んでいるだろう。


 しかし、自分の考えにそぐわない物事に対して否定的な人間は一定数いる。

 音楽もまたしかりだ。


 対立を生むだけで、古い遣り方や自分の考え方を変えようとはしない。

 本離れは進行し、子供は本を読まない――という事にしておきたいのだろう。


 車に乗って、いい腕時計をしろ!――などと言い出す上司の相手は、もうりである。


 俺は『街に人がいない理由』をエーテリアに聞いてもらった。

 憶測おくそくでしかないが、彼女も納得してくれたらしい。


 基本、俺の言うことに対しては肯定的なので注意は必要だが、的外まとはずれな見解でもなさそうだ。


 ミヒルを残して行くワケにも行かないので、背負って連れて行くことにする。

 エーテリアに手伝ってもらい、ひもしばった。


 今の彼女は『精霊族ソリス』に近い存在となっているようだ。直接、世界へ影響を与えるワケにはいかないので、俺の行いに対して、ささやかな手伝いをしてくれるらしい。


 ミヒルを完治させたのは、遣り過ぎのような気もするが、あまり突っ込まないでおこう。また、人を生き返すのは一部の例外を除いて禁忌タブーらしい。


(その例外とやらは、俺なんだろうな……)


 また、蘇生そせい魔法の成功率を上げることや、回復魔法や薬の効果を高めることもしてくれるそうだ。俺の『副職能サブクラス』には回復系を考えておこう。


 一方で緊張の糸が切れたのか、ミヒルは一向に起きる気配がない。

 むにゃむにゃとなにやら寝言を言っている。


 不意にエーテリアと目があったので思わず、お互いに微笑ほほえんでしまった。

 大人の姿であったのなら、親子に見えたのかもしれない。


(いや、今はなごんでいる場合じゃないか……)

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