第27話 序盤の雑魚(1)


 スライムを倒す方法の定番といえば〈火〉だろうか?

 物理攻撃は効きにくいハズだ。


 体内にあるコアを狙うのが、この世界での常識となっている。

 しかし、一般的なスライムに比べるとはるかに大きいようだ。


 姿をあらわしている部分――いや、透明なのだが――は氷山の一角に過ぎない。

 対処の方法として、燃やすのが安全策と言える。


 だが、大量の酒や油が必要となるだろう。

 なら、次の案は魔法だ――いや、これも同様の理由でむずかしい。


 今の俺が魔法を習得したからといって〈ファイアボール〉程度の火力では、倒すのは無理だろう。


 どれだけMPを消費するのかは分からないが、りない事だけは確かだ。

 相手はゴブリンを体内に取り込み、溶かしていた。


 金属は溶けていない事から、アルカリ性なのだろう。

 ホームセンターでもあれば、酸性肥料を購入する所なのだが、それはむずかしい。


 油汚れと同じで、洗剤の主成分である界面かいめん活性剤かっせいざいなら、効果があるのかもしれないが――


(それも無理か――となると……)


 どうやら、準備が必要らしい。俺はダガーを装備すると、透明化しているスライム目掛けて走り〈アクセルターン〉を決める。移動力を攻撃力に変える『技能スキル』だ。


 斬りかれたスライムの部位が地面へとらばり、バケツの水をひっくり返したように――ビシャッ!――と音を立てる。


 斬撃は有効なようだが、やはりコアを破壊する必要があるのだろう。

 倒せてはいないが、気配がなくなった。


 一度、スライムは神殿の中へと引っ込んだらしい。

 使用したダガーを確認すると腐食していた。


 溶けてはいないので、酸ではないようだ。

 鍛冶屋に持っていけば直るのかもしれないが、今の状況では難しい。


 俺は一旦、子供のもとへと戻る。

 エーテリアが治してくれたようで、すっかり元通りの姿に戻っていた。


 気を失っているようだが、その表情は傷一つなく穏やかだ。違和感を覚えたのは、服は破けたままだが、すっかり綺麗になり、新品のようになっていたからだろうか?


(日常的に見ていたが、やはり浄化の力はすごいな……)


 俺の推測では『老人や子供、怪我人を一個所に集めることでスライムをおびせた』と考えている。その隙に街の人々は逃げ出した。


 俺の勤めていた会社では『なにも知らない新人』を怒っている客のもとへ謝りに行かせていた。弱者は切り捨てられる。この子供は生贄スケープゴートにされたのだろう。


 恐らく、誰かがそうなるように民衆を扇動せんどうしたようだ。

 目的は巨大なスライムを作るためだろうか?


(いや、俺だったら巨大な魔結晶の方がいい……)


 勿論もちろん、お金になるからだ。だが、今回の首謀者はその先の用途を考えていそうだ。門を開け放つことで魔物モンスターを街へと入れ、それさえも利用する。


(でも、そう都合よく魔物モンスターが入ってくるだろうか?)


 もう少し、街を調べてみた方が良さそうだ。

 俺が子供をきかかえると、気が付いたらしい。


 はっ!――とおどろいたように目を見開くと、


「うっ、ううっ!」


 と言って必死に暴れ出した。だが、弱っているため力がない。

 顔を引っかれたが、まあいい。


 子供とはいえ、流石さすがは獣人。爪はするどいようだ。

 ほほから血が出ていたのだろう。


「大丈夫ですか?」


 とエーテリアが心配する。彼女は何故なぜか半透明だったが、今はそれよりも気になる事があった。俺は子供を降ろすと、


「言葉は分かるか? 少し大人しくしていろ」


 そう言って、ゆっくりと前進する。

 子供と一緒に老人が逃げていたハズだ。


 その遺体がない。いくらあごが丈夫でも、デザートウルフが全てを食べしたとは考えにくかった。野生動物はえさを綺麗には食べないモノだ。


 好きな箇所だけかじる。

 溶かされたと考えるのなら、近くにスライムがいるのだろう。


 感知には引っ掛かっているが、場所までは特定できない。

 だが、確実に俺たちをねらっている。


(丁度いいな……)


 スライムには目もなければ、耳もない。雑食なので味も分からないのだろう。

 においは分かるのかもしれないが、獲物を見付けるのに、もっと確実な方法がある。


 奴らは沼地や洞窟で獲物が来るのを待ち構えるのが定番だ。

 つまりれるか、獲物が近づく音――振動――に反応するだろう。


 腐食したダガーに、頬から出ていた血を指でき取り、こすり付ける。

 そして、適当な場所へと投げると――ストンッ!――地面へと刺さった。


 思っていたよりも勢いがあったのは、移動力が追加されたからだろうか?

 俺は入手していた別のダガーを準備して身構える。


 少し待つと――ビチャ!――と音がした。

 地面へと刺さったダガーが、ゆっくりと空中へ浮かび上がる。


(掛かったな!)


 こうも単純だと、なにかの罠のような気もするが、俺は迷わず駆け出し〈アクセルターン〉を決めた。


 再び――ビシャッ!――と音がして、バケツの水をひっくり返したような状態となる。腐食していたダガーは完全に使い物にならなくなった。


 しかし、俺が今回攻撃に使った、もう一本のダガーの方は腐食していない。

 どうやら、同じ武器でも性能に差があるようだ。


 鑑定の『技能スキル』があればいいのだが――


(今は必要ないか……)


 俺は再び子供のもとへ戻ると、かがんで頭をでた。

 魔物モンスターを倒す俺の姿を見た事で、判断に悩んでいるのだろう。


 低いうなり声を上げてはいるが、先程のように爪を立てる事はなかった。

 だが、大人しくしていた事から言葉は通じるらしい。


「お前が俺を引っいてくれたお陰で、魔物モンスターを倒す方法を思い付いた」


 キョトンとする子供に対し、エーテリアは口許くちもとを押さえて微笑ほほえむ。

 どうやら、鼻の利く獣人でも、今の彼女の姿はとらえられないらしい。


 エーテリアが回復魔法を使ってくれたのか、頬の傷は消えたようだ。

 俺は再び、子供を抱きかかえる。


(軽いな……)


 どうやら、先に食事をとらせた方が良さそうだ。


「ジイジ……」


 と子供はつぶやいた。老人のことだろうか? 俺は、


「残念だが、もういない……」


 お前を助けるために命を使ったようだ――と告げる。

 子供は無言だったが、俺の服をつかむ手に力が入った気がした。

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