第59話 頭目の娘(1)


 再び『死の谷デスバレー』へと戻ってきた俺たち。

 改めて見ると、谷というよりは、地割れなどで出来た大きなひずみのようだ。


 地層が動いたことで谷が出来た――というよりも、がけのように切り立った造りをしている。谷底は暗く、何処どこまでも闇が広がっているようで底が見えない。


 一体どうやったら、このような地形が出来るのだろうか? 時折、発生するという毒ガスに気を付けながら、俺はその崖を下った。


 異臭を放っていたので、サンドワームの死骸しがいはすぐに見付かる。

 やはり巨体のため、通常の魔物モンスターよりも消滅までは時間がかかるようだ。


 スライムと違い、この手の魔物モンスターはアンデッド化する可能性もあるらしい。

 再利用が可能なSDGsというヤツなのだろう。


 本来なら死体を燃やすらしいのだが『死の谷デスバレー』では、毒ガスがただよっている。

 そのガスに引火する可能性あった。


 火の使用はひかえた方がいいだろう。勿論もちろん〈キャリーウォーク〉を習得したので『運ぶ』というのも手ではある。


 だが、出来ることならさわりたくはない。

 再び、悪臭を放つ体液をぶちまけられてしまってはかなわないからだ。


 恐らく、魔物モンスターの血肉自体に人をおかしくする効果があるのだろう。

 完全に死骸しがいが消失するまで、俺は周辺を調査することにした。


 見上げると谷が視界をさえぎっているため、星空が川のように見える。オルガラントでの探索に時間を使ってしまったため、辺りはすっかり暗くなっていた。


 ミヒルは眠っている頃だろうか?


(ちゃんと夕飯を食べているといいのだが……)


 イスカが一緒なので、あまり心配はしていないが――あの一団の状況から――食糧問題は深刻だ。どうにかしたい所だが、この周辺にも食べ物はない。


 一旦、リディエスへ戻って、食糧を集めるのも手だろう。

 しかし、全員の腹を満たすのは難しい。


 俺は歩きながら方法を考えることにした。

 暗視があるとはいえ、谷底は流石さすがに暗い。


 それに月明かりが届かない場所もある。

 松明やランタンを用意したとしても、ガスへ引火する恐れがあった。


 困った時の『女神様エーテリア』頼みだ。【光】魔法で明りを出してもらう。


(さて、問題はどちらに進むかだ……)


 かつては鉱石の採掘さいくつ場として使われていたと聞く。

 谷底という割に整地されているのは、それが理由だろう。


 しかし、構造自体は随分ずいぶんと入り組んだ造りになっている。


(ちょっとした迷宮だな……)


 場所によっては鉱石や薬草、先達者が残した武器や防具が手に入るかもしれない。

 空気の流れをヒントに、ガスが立ち込めていなさそうな場所を適当に歩いてみることにした。


 『死の谷デスバレー』というだけあって、魔物モンスターも出現しないようだ。

 鉄鉱石を見付けたので『武器や防具の修復に使えそうだ』と考え採取する。


 リディエスの街で農具を回収した際、鶴嘴つるはしを発見していた。

 周囲をくだいた後、スコップで掘り出す。


 また月明かりが差し込んでいる場所には『怪しげなキノコ』と『光るこけ』が生えていた。使い道は分からないが、薬の材料になるようなので、これも採取しておく。


 更に奥へ進むと、かつて使われていたとおぼしき坑道を見付けた。

 こちらはガスが立ち込めていて危険だ。そのため、探索をあきらめることにする。


 更に進むと前方にひらけた場所が見えた。

 切が無いので、そこまで進んだら、探索をめようと考える。


 どうやら、集落だったらしい。

 ちた木製の家屋がいくつか存在した。


 谷底に近い家屋は腐敗ふはいが進んでいるようだった。

 崖沿がけぞいにたたずむ家屋――その内の1件――に綺麗な状態のモノを見付けた。


 事故から難を逃れたのか、持ち主がまた戻ってくるつもりだったのかは分からない。人の気配はなかった。


 扉を開け、中へ入を確認する。工房として使われていた作業小屋のようだ。

 鍛冶師が住んでいたのだろうか?


 鍛冶に使うための道具が残っていたので、ハンマーなどを拝借はいしゃくすることにした。

 砂漠の街へ着いた際、職人へ渡すか、を用意すれば、武具の修復も可能になるだろう。


 そろそろ引き返そうと、集落全体を見渡した際、あるモノを発見する。

 予想はしていたのだが、遺体を見付けてしまった。


 馬車とそれを守る兵士の遺体のようだ。谷底へと落ちたのだろう。

 経年劣化の様子から『随分ずいぶんと昔の出来事だった』と推測できる。


 立派な馬車のようだが、貴族のモノだろうか?

 イスカたちが使っている幌馬車ほろばしゃとは違い、個室のような造りになっている。


 屋根には矢が刺さったままだったので、襲撃しゅうげきを受けたのだろう。

 流石さすがに、これでは修復もむずかしい。


 護衛の兵士だった二人を布でくるむ。

 鎧と兜、それから戦槍ハルバートは修復すれば使えそうだ。


 供養した後、拝借するとしよう。

 地走鳥ロックバード死骸しがいの形跡はあったが、微生物に分解されたようだ。


 人間の遺体は土へかえるのが遅いらしい。

 金属の鎧などを装備していたためだろうか?


 単純に魔力の保有量なども関係しているのかもしれない。

 次に肝心の馬車を確認する。


 中には礼装ドレスを着た女性の骨が横たわっていた。

 頭蓋骨の様子から、頭を強く打ちつけたようだ。


 これでは助からなかっただろう。

 俺は簡単に手を合わせた後、兵士の遺体を馬車へと放り込む。


 そして〈キャリーウォーク〉を使って馬車を持ち上げると、地上へと移動した。


(確か墓地のような場所があったハズだ……)


 星空と月明かりの下、夜風を感じながら深呼吸をする。

 やはり、地上の空気はいい。


 谷の向かい側に九十九つづらおりになった人の歩ける場所を発見した。

 どうやら、本来はそこから谷へと降りるらしい。


 壊れた馬車を置き、まずは周囲に魔物モンスターがいないかを警戒する。

 魔物モンスターの気配は無かったのだが、


「やっと見付けたぞ!」


 俺は誰かに声を掛けられる。少女のようだ。

 振り返ると、小柄な人物が居て、それを守るように大柄な戦士が二人立っていた。


 警戒しているのか、一定の距離を取っている。


(そういえば、サンドワームに追われていた連中がいたな……)

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