第58話 魔物に占領された街(3)


 俺のことを想ってくれる人がいる。

 それだけで心が落ち着いた。俺は平常心を取り戻すと、


「悪い、熱くなっていたようだ……」


 そうつぶやき、冷静さを欠いていたことを謝る。

 何故なぜか好戦的になり、戦闘を楽しんでしまった。


 いつもだったら、罠や奇襲を仕掛ける事をさきに考えるハズだ。

 気持ちが高揚こうようしている原因は、やはり魔物モンスターの血液だろうか?


 サンドワームの血を浴びたことで、好戦的になっていたらしい。

 地球でもミノタウロスとの戦いの後、どうにも自分自身をおさえられなかった。


 もしかすると魔物モンスターは『人類の敵』というだけではなく、別の目的があって出現しているのかもしれない。


 少しずつだが、人類が凶暴になっていくような、そんな毒をはらんでいるのではないだろうか? 思考する俺の様子に、エーテリアは安堵あんどしたのか、


「いつものユイトさんに戻りました♡」


 と微笑ほほえむ。それだと、いつもの俺は『他人ひとの話を聞かずにボーッとしているやつ』になるのだが――


(まあ、いいか……)


 俺はサンドワームの体液を浄化してもらうと――サーベルとカイトシールドを手に――壁や柱に隠れながら慎重に進んだ。


 エーテリアが浄化魔法を使ったことで、彼女の存在を気取けどられた可能性もあるが、敵は『魔物モンスターを大量に集める』などという面倒な手段を講じてきている。


 女神の介入は『敵にとって想定内』と考えた方がいい。むしろ、神々の間での制約ルールがあるため、必要以上に介入できないことを知っているかのようだ。


 だからこそ、えて人類を分断させ、互いに争わせるような状況を作っているのだろう。まるで人類が自滅していくさま嘲笑あざわらうかのように――


(しかし、隠れて進むのもバカらしくなるくらいの広い造りだな……)


 リディエスの神殿とはまつられている神が違うらしい。

 イスカの祖父である老戦士の様子から、戦うことに誇りを持っているようだった。


 向こうは『水や商売の神』といった様子だったので――


(『戦の神』といった所だろうか?)


 神殿は天井も高く、それゆえに廊下の中央に柱が存在し、支えているのだろう。

 石像などのたぐいはない。


 こういう建物の防衛はゴーレムやガーゴイルが定番だと思ったのだが、違ったようだ。それどころか、魔物モンスターの気配すら感じられない。


 つまりは警備をする必要のないくらい、強い魔物モンスターがいる。


(そういう事だろうか?)


 スライムの時も街に集まってきた魔物モンスターを捕食していた。警備が居ないのではなく、食べられたか、魔物モンスターが危険を察知して近寄らないのだろう。


 思わず溜息をきそうなったが、俺はそれをこらえると一気に奥まで駆け抜けた。

 警戒して進むのは逆に精神力を消耗しょうもうする。


 俺は現段階で、これ以上レベルは上がらないので強くはなれない。

 万全ではないが、余力のある状態で一度、戦ってみるのも手だろう。


 明るいので外に出たようだ。正確には神殿の中央に広場が存在していた。

 円形闘技場コロッセオを思わせる造りをしている。


 中央の舞台を囲むように観客席が配置されていた。

 しかし問題は、そこで見た魔物モンスターだ。


 5体の巨人が、紫色の魔力をした球体に閉じ込められ、浮遊する形で体育座りをして、眠りについている。


(なんてことだ……)


 体育座り――それは日本の教育現場で行われる拷問ごうもんの一種だ。

 身体を丸める姿勢は、内臓を圧迫する危険性がある。


 また、ひざを抱え込む座り方は骨盤が後ろにかたむくため、柔軟性の低下や筋肉の使い方にも悪影響をおよぼしてしまう。


 令和になって、ようやく日本でも見直されるようになったと思っていたのだが、異世界にまで普及ふきゅうしていたとは――


(いや、そうじゃなかった……)


 ダークウルフを喰らって闇の魔力を得たのだろうか? 今は体内に取り込んだ魔結晶の影響を身体からだ馴染なじませるため、眠りについているようだ。


 起きる気配はないので近づいてみる。

 巨人は単眼らしく、俺の知識で言うのなら『サイクロプス』だ。


 神話では下級神の一族だったと記憶していたが――ミノタウロス同様に――こちらの世界では魔物モンスターとしてあつかわれているらしい。


 見た人が恐怖心をいだく姿だから――と考えるのが妥当だとうだろうか?

 魔界の村の住人という事なら、赤い有馬の方が苦手だ。


(アレは画面をスクロールさせると消えるんだったか?)


 昔やったゲームだが、意外と覚えているらしい。

 いや、現実逃避をしている場合ではない。


 問題は大きさだろう。角も生えていて、立ち上がると15、6メートルはある。

 かなりの筋肉質のようで、見た目通りの怪力パワータイプなのだろう。


 これならジャイアントスコーピオンの装甲など物ともしない。

 簡単に叩きつぶしてしまいそうだ。


 サンドワームよりは小さいが、あれは長さであり、自分の口よりも大きなモノはみ込めない。


 サイクロプスは人型なので知能もそれなりに高そうだ。

 武器を持ち、投擲とうてき能力もあるのだとすれば、厄介な相手となる。


 1体だけなら、この場で仕留めることは出来たかもしれない。

 だが、5体同時に相手をするには、現状では難しい。


 生き返えることが出来るとはいえ、たたつぶされ、挽肉ひきにくにされてしまってはトラウマとして残るだろう。


 それにサンドワームとの戦いで消耗している。相手の様子から【闇】属性の魔力を秘めているようなので、こちらも魔法が使えた方がいい。


 寝た子を起こすな――といった状況のようだ。一旦、サイクロプスを無視することにして、俺は神殿にあるハズの【神器】を探してみた。


 だが、見当たらないようだ。破壊されたか、持ちされたのだろう。

 それが原因で『魔物モンスターが雪崩れ込んだ』とするのが妥当かもしれない。


(詳しい事は、戻ってイスカたちに聞いてみるか……)


 今回は敵の戦力と〈ワープ〉のポイントを設置できたので『良し』とすることにしよう。俺はエーテリアに合図するとオルガラントの街を後にした。

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