第165話 旅立ちに向けて(5)


 取りえず、連れて行くのは『イスカ』と『ミヒル』の2人でいいだろう。

 他にも声を掛ければ「ついて行きたい!」という人間がいるかもしれないが――


(安全な旅には、ならないだろうな……)


 無理に連れて行くことはない。

 そう割り切って、旅立ちの日の朝をむかえた。


 神殿の地下大聖堂――〈神器選定の儀〉をり行った場所――に「突如としてとびらが現れた」という連絡が入る。


 神官の一人が息を切らせ、急いで知らせに来てくれた。

 まあ、その前にエーテリアが気付いて教えてくれたため、知ってはいた事だ。


 なにやら悪いことをした気になってしまう。

 どうやら、それが転移用のゲートらしい。


 すでに旅立ちの準備は終えている。

 荷物も少ないので、それほど時間も掛からなかった。


 行き先も砂漠とは限らない。恐らくはここより、北の地になるだろう。

 イスカとミヒルには外套マントを装備してもらっただけだ。


 一応、武器屋のオヤジから、女性でもあつかえる護身用の武器ももらった。

 彼女たちのバッグには、それぞれ水と食糧、薬が入っている。


 だが、俺が〈アイテムボックス〉を持っているので、実際に使う機会はなさそうだ。


 歴史を見る限りでは『魔法都市で大規模な爆発が起こった』とある。

 今回の目的は、それをめる事なのだろう。


(魔法文明の崩壊ほうかいというヤツだろうか?)


 魔法がすたれてしまった元凶なのだろう。

 いずれにせよ、俺たちは門外漢もんがいかんである。


 現地で専門家を見付けた方が良さそうだ。

 そうなると魔法都市を舞台としたシティアドベンチャーになる。


 魔物モンスター相手ではなく、人間相手に事件を解決するのが主流だ。


(社畜のコミュ力をためすのはめて欲しい……)


 爆発事故といえば、二〇一一年にあった原発事故を思い出す。事故を深刻化させた要因のひとつに『情報の共有や判断が的確に行われなかったこと』がげられる。


 今回は事故を防ぐだけではなく、起こってしまった場合のことも考えておこう。


(となると『上層部へ、どう接触するか』だな……)


 確か、あの事故も――現場のトップである所長の判断を超えて――外部の意見を優先したために現場を混乱させた。


 まあ、上層部が暴走して『現場を無視すること』は日本の企業でも良くある話だ。


(逆に現場の意見を聞き過ぎて、ダメになるパターンもあるが……)


 現場を無視した結果、従業員が精神をむしばみ、おかしな事になってしまうのはめずらしくもない。


 業界最大手の中古車販売・買取会社が除草剤をいて、街路樹をらした事件もあった。本社からきびしい指導を恐れたことが動機らしい。


 あのニュースの後、除草剤が売れて――


(殺虫剤大手企業の株価が『大きく上昇した』と聞くが、ホントだろうか?)


 神殿へは俺の〈スカイウォーク〉で、さっさと向かう予定だったのだが、イスカが最後に「祖父へ挨拶あいさつをしておきたい」というので、寄り道をすることになった。


 もう済ませた――と聞いていたのだが、心配になったのだろうか?

 まあ、分からなくもない。


 俺もおどろいたのだが、彼女の祖父である老戦士は、ヨボヨボのお爺さんに変貌へんぼうしていた。気が抜けたのだろう。


 先日までは『鎧を着込んでいかつい表情をしていた』と記憶にあるのだが、今の姿は『ただの好好爺こうこうや』といった風体ふうていである。


 息子の無念も晴らし、孫娘も結婚したのだ。都市を占領せんりょうしていた魔物モンスターの心配もなくなったので、一気に老け込んだのかもしれない。


 すっかり隠居状態モードだ。

 イスカが話し込んだため、神殿への到着に時間が掛ってしまった。


 俺は出迎でむかえてくれた神殿長へ挨拶あいさつをし、地下へと向かう。

 報告にあった通り、そこには大きな扉が出現していた。


 しかし、それよりも気になったのは『扉の前にいる人物』だ。

 勿論もちろん、青い猫型ロボットではない。


なんで、お前たちがここに?」


 扉の前に立っていたのは『カムディ』と『ミリアム』だ。

 俺は2人に分かり切った質問をする。


 その間に「イスカがなにか言うのだろう」と思い、彼女へ視線だけを移したが、おどろく様子も怒っている様子もない。どうやら、知っていたようだ。


(わざわざ老戦士のもとったのは、このためか……)


 カムディたちが先回りするための時間をかせぐのが目的だったらしい。

 まあ、実際に祖父の様子が気になったのも事実だろう。


 口には出さないが、カムディを残して行くのが『心配だった』ようだ。

 確かに目を離すと、なにをしでかすか分からない所がある。


 一緒に旅へ連れて行った方が『安心だ』と考えたのかもしれない。

 俺としても、妻の願いならかなえてあげたい所だが、


「危険だぞ」


 と一言。ここで甘い顔をするとがりそうだ。

 それは今後の2人のためにも良くない。反対しているていを示そう。


 実際は蜥蜴人リザードマンたちにも「ミリアムを連れて行って欲しい」と頼まれていた。

 彼女は『人間族リーンもとで暮らした方がいい』というのが、彼らの結論だ。


 そして「俺なら信用できる」と考えたのだろう。

 しかし、それぞれの保護者の気持ちなど知らずに2人は、


「「コイツよりは役に立つ!」」


 そう言って、おたがいを指差した。

 その後「なにを!」「なんだと!」とにらみ合う。


(やれやれ、仲がいいのか悪いのか……)


「仲良くしないと、置いて行くぞ」


 俺がそう告げると、2人とも笑顔で肩を組んだ。

 お互いに足を踏み合っているのだが――


(気が付かなかった事にしておくか……)


 俺も挨拶あいさつすでに済ませてある。

 声を掛ければ、街の人たちが大勢で見送りに来てくれただろう。


 ハッキリ言って「そういうのは性に合わない」というのもあるのだが、そもそも神殿には入りきらない。


 ただ、出来ることなら「成功と無事を祈っていてくれ」とは告げてきた。

 社畜からすると、覚えていてもらえるだけでも、十分過ぎる幸福である。


 俺たちは扉をくぐった。

 次の冒険の舞台は、二百年後の過去だ。

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