第85話 少女と林檎(4)


 女剣士へなんと声を掛けるべきか、俺が迷っていると――クイクイ――外套マントを引っ張られる。視線を下へ向けると、襤褸ボロ布をまとった子供がいた。


 先程、馬車から落ちた子供だ。やせ細ってはいるが少女らしい。

 なにやら赤い果実を俺に差し出す。


 『リンゴ』のようだ。気候的に作るのは難しそうだが、貴重品だろうか?

 いや、地球では北アフリカでも生産されていた。


 土耳古トルコもリンゴの生産量が多いことで有名だ。

 東南アジアでは高地でなら栽培が可能だと聞く。


 紀元前二〇〇〇年には食べられていた――と言われているのがリンゴだ。

 異世界で食べられていても不思議ではない。


流石さすがにCA貯蔵法はないだろうが……)


 貯蔵庫の温度および酸素濃度を下げ、植物の呼吸を抑制する方法だ。

 果実などの青果物を長期に渡って保存するのに向いている。


 当然、貯蔵期間中は養分が失われ、品質が低下してしまう。

 ガス貯蔵法とも言われ、一般的には酸素を減らし、二酸化炭素や窒素を増やす。


 要は長持ちする冷蔵庫だ。長期保存に適した品種もあるらしい。

 だが、ここは異世界である。


 運ぶ際に〈アイテムボックス〉のような魔法効果が付与された箱があったとしても、おかしくはない。それなら輸送も問題なさそうだ。


 リディエスの街がゴーストタウンとなったのは最近だろう。

 しばらくは近隣の港町も機能していたハズだ。


 リンゴは生食や調理にも使えるので、広く流通していたと考えられる。

 仏蘭西フランスでは、赤よりも黄色いリンゴが人気のようだ。


 『ジャガイモ』のことを『大地のリンゴ』とも呼ぶらしい。

 中東や欧州では日本と違って、黄緑色のっぱいリンゴも出回っている。


「助けてくれた、お礼ですな」


 とは老人。水を運ぶ代わりにパンやリンゴなどの食糧をもらえるらしい。

 確かに現状では、お金をもらっても使える場所はなさそうだ。


 それでも、決して十分な対価とは言えない。貴重な食糧を得るためにワザワザ危険をおかしたというのに、俺にリンゴを渡してしまっては意味がないだろう。


(いや、それ位しか渡せる物がないのか……)


 俺は断ろうとしたのだが、女剣士は、


「もらってあげてくれ」


 と言う。確かに、やせ細った少女が自分の食糧を分けてくれるというのだ。

 無下むげに断るワケにもいかない。


(まあ、馬車に積んである水を街へ届ければ、またもらえるのだろう……)


 俺はリンゴを受け取ると二つに割り、種だけを取り出した。


「お礼は、これで十分だ」


 そう告げると果実を少女に返す。

 もしかすると種の意味を理解していないのかもしれない。


 少女は首をかしげる。俺が種を食べるとでも思ったのだろうか?

 そんな彼女を俺はかかえると、再び馬車へと乗せた。


 幕舎テントの修理もまだ終わってはいない。

 再び魔物モンスターが現れる前に、対応しておくべきだ。


 ここから幕舎テントを見た場合、壁がくずれているようにも見える。

 まあ、急ぐ必要はないのかもしれない。


 ジャイアントスコーピオンは捕食者である。それが3体も居たのだ。

 周囲に存在していた弱い魔物モンスターは『すでに喰われている』と考えていい。


 その推測が正しければ、しばらくの間『この周辺には魔物モンスターは出現しない』という事になる。


 俺は女剣士に2人のことを頼むと、街へと戻ることにした。

 魔物モンスターの襲撃を受けたことに対する証人がいた方がいい。


 街に来たばかりの俺では信用に欠ける。不審者である俺に声を掛けてきたということは、警備のようなことをしているのだろう。


 女剣士の方が適任である。

 また『魔物モンスター頻繁ひんぱんに出る』ということなら、今後は護衛がつくかもしれない。


 彼女なら、その辺も上手く説明してくれそうだ。

 ただ、そうなると老人や子供の仕事は減るのだろう。


 老人たちと別れ、街へと戻った俺は幕舎テントを修理しつつ――


(都市の防衛よりも、食糧問題を解決する方が先だな……)


 そんな結論にいたった。

 一方で俺が魔物モンスターを退治したのが理由だろうか?


 手伝ってくれた男は、


「少年は強いんだな」


 と言って、約束の水と食糧を受け取るのを拒否した。

 俺を『恐れた』というよりも、強い相手には敬意を示すらしい。


 魔物モンスターが出現する世界だ。

 強さが一種の社会的地位ステータスになっているのだろう。


 れない作業に、少し時間が掛ってしまった。

 俺は足早にグルリと都市を見て回ると、イスカたちの居住区へ戻る。


 これで〈ホーリーウォーク〉を使用すれば『一時的に』だが魔物モンスターの進行をめる事が出来るだろう。


 流石さすがに町全体をおおうのはきびしいので、気休め程度だ。

 後は状況に応じて対処するしかない。


 老戦士の姿が見当たらなかったことから、客は帰ったのだろう。

 俺は老戦士の幕舎テントたずねる。


 向こうも聞きたいことがあったようだ。

 俺はミリアムたちのことはせ、簡潔に報告をする。


 やはり故郷の様子は気になっていたようだ。

 老戦士だけではなく部屋にいた補佐役、数名の兵士も神妙な面持ちになる。


 しばしの沈黙があった後、


「いや、すまない」


 と老戦士。色々と思う所があるのだろう。俺に読み取れたのは『故郷の奪還だっかんと生き残った人々を守ろうとする思い』その狭間はざまで揺れる心の葛藤かっとうくらいだ。

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