第86話 老害はそこにいる(1)


 老戦士はふるえる程に強くこぶしにぎっている。

 だが若くもなく、力も足りない事は承知しているようだ。


 すぐに落ち着いた。

 あまり希望を持つような事や、あおるような事を言わない方が良さそうだ。


 今からりきんでいては【終末の予言】による魔物モンスターの襲撃が来る前に疲れてしまう。

 まずは落ち着け――とは言わない。


 そんなことは本人も分かっているだろうし、子供に言われたくもないだろう。


「この都市の防衛が奪還だっかんつながる」


 と俺は現状、優先すべきことを伝えた。

 物事には順序というモノがある。


 少なくとも――『オルガラント』へ乗り込む――という考えを制することは出来たハズだ。


 また、最初に心配していた『サンドワームを退治した件』だが、これはあっさりと信用してもらえた。


 俺の持つ技能スキルの一端を垣間見たからだろうか?

 はっきり言って拍子ひょうしけだ。何故なぜか老戦士に、


「イスカの件は考えておこう」


 と言われる。


(はて? なんの事やら……)


 俺は視線を動かし、エーテリアへ向けると、彼女はニコニコとしていた。

 どうやら、また女神がなにか、やらかしてくれたようだ。


 声に出さなかった分、顔に出ていたのだろう。


「いえいえ、ユイトさんが心配することではありませんよ♪」


 とエーテリア。その言葉に対し、俺は不安しか感じない。

 追及ついきゅうしたい所だが、人目もある。


 俺は気持ちを切り替えることにした。


(次はカムディか……)


 彼から〈神器選定の儀〉についての情報を聞かなくてはいけない。

 老戦士の幕舎テントを出る俺に対し、エーテリアは、


「ほら、ちょっと身体からだを借りようと思いまして――」


 と告げる。女神の話によると、巫女の身体からだ憑依ひょういすることが可能なようだ。

 適性のない人間だと、身体からだ崩壊ほうかいするらしい。


 なんとも怖い話である。

 だが彼女の起こす奇跡を考えると、普通の人間には過ぎた力だ。


 またイスカは信心深い。

 なので、エーテリアに対して盲目的に信じている部分がある。


 いいように丸め込まれたのだろう。

 神であるエーテリアとしては、車を乗り替えるような感覚なのかもしれない。


「早くユイトさんと腕を組んで歩きたいモノです♪」


 そう言って、楽しそうに話す。触れることは出来るのだから――


(わざわざイスカの身体からだを借りることもないのでは……)


 と思ったが、余計なことは言わない方がいいだろう。

 俺は黙って聞きつつ、表情かおへ感情を出さないように努めた。


 なにやら必要のない苦労ばかりしている気もするのだが――


(気の所為せいだろうか?)


 俺は遊んでいる子供たちを見付けたので、近くへると、


「ニャー♪」


 とミヒル。飛び乗ってくる。


(俺は『キャットタワー』ではないのだが……)


 まあ、高い場所でなにかに、しがみ付いていた方が安心するのかもしれない。

 頬擦ほおずりしているミヒルののどを指ででる。


「良い子にしていたか?」


 俺の質問に対し、答えたのはイスカで、


「大丈夫ですよ……」


 ちゃんと皆と仲良く出来ていました――と教えてくれる。


「そうか、偉いぞ」


 子供をめた事などない気もするが、こんな感じで良かっただろうか?

 エーテリアもミヒルの頭をでている。


「うなぁ~♪」


 気持ち良かったのか、ミヒルは鳴き声を上げた。

 その一方で「暢気のんきなモノだな」とでも言いたいのだろう。


 カムディが、こちらをにらんでいる。

 あまり状況は良くないのかもしれない――そう思ったのだが、


「あの巨大なサンドワームは、どうしたんだよ?」


 と聞いてくる。どうやら俺の身を案じてくれていただけのようだ。


「倒したぞ」


 短く答える俺に対して、


「そうか、倒したのか――えっ⁉」


 とおどろくカムディ。目を丸くする彼に対し、俺はサンドワームを倒した時の魔結晶を取り出して見せた。


 老戦士に見せるつもりで――すぐに取り出せるように――〈アイテムホルダー〉へ収納していたのだが、その必要はなかった。


 しかし、準備はしていたので丁度いい。

 ただ、あまり表に出していると、また魔物モンスターってきそうだ。


 カムディのおどろく顔を見られた事だし、もういいだろう。

 俺は魔結晶を収納する。英雄譚サーガを語るのは後だ。


 それよりも、まずは話を聞くことにした。今までは月に一度、面接や試験を行い〈神器選定の儀〉とやらを神殿がり行っていたらしい。


 たが一向に『【神器】を手にした者はいない』という。


(まあ『人間族リーン』から【根源】が失われているしな……)


 仕方のないことでもある。

 しかし【終末の予言】は、すぐそこまでせまっていた。


 神殿にある広場で希望者が武器を一つだけ持って戦い、最後まで立っていた者を選定者にする――という規定ルールに変わったそうだ。


 つまり『勝ち抜き戦バトルロイヤル』である。

 思わず「なんだ? それは――」とつぶやいてしまった。


「知らねぇよ……」


 神殿の偉いヤツが決めたんだろ――とカムディ。

 時間もなく、あせっているのは分かるが不安になる決め方だ。


 カムディも変な決め方だとは思っているのだろう。

 【神器】を持つ人間をただの力自慢にしたいらしい。


 力を持つ人間は、それなりの人格者であって欲しいと思うのが、今は戦時中にも等しい。蛮勇ばんゆうの方が好まれるのだろうか?


 今夜の内に神殿へコッソリと忍び込んで【神器】をもらってしまおう――とも考えていたのだが、作戦をなおした方が良さそうだ。


(俺が【神器】を手に入れられる事は、確定しているから……)

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