第66話 竜の揺り籠(4)


 一応、道は存在するようだ。

 獣道のようにも見えるが、き出しの地面が続いていた。


 ミリアムは地走鳥ロックバードから降りると、


「こっちだ」


 と歩き始める。一方で、エーテリアは周囲をキョロキョロと見渡す。

 そして、あごに手を当てると、なにやら考え事を始めた。


 どうした?――と質問したい所だが『今はミリアムの後を追うこと』を優先する。

 道に迷うことはないと思うが、周りは『原始の植物』ばかりだ。


(どうにも落ち着かないな……)


 基本的にネガティブなのだろう。

 野生においては、身を守る上で必要な本能だ。


 木の実を採りに、山の奥へ入って行くと、どうなるのか?

 魚が捕れるからといって、遠くの海へ向かって行くと、どうなるのか?


 この辺の想像力にも影響するのだろう。現代でいうのなら――ネガティブな思考の人間は――キノコやタケノコを取りに行って、クマにおそわれる可能性は低い。


 危険を想像し、山へ近づくことをけるからだ。

 それは生存率を上げるための大事な本能となる。


 そう考えると毎年、山や海で事故が起こるのは『ポジティブな考え方をする人間が多いから』だろうか?


 立入禁止の区域には入らない。

 事故が起こった場所には近づかない。


 場所を『工場』に置き換えると分かると思うのだが、『山』や『海』だと、そういう考えにはいららないようだ。


 この例だけを考えると、ネガティブな人間の方がいいよう思えてしまう。

 だが、会社だと逆に上手くはいかない。


 仕事で失敗すると『自分はダメな人間だ』という思考におちいりやすいから――というのが理由だ。


 本来なら、失敗の経験を次に活かすべきなのだが『自分を守ること』に思考や行動がフォーカスしてしまう。


 そうなると不合理な行動をとる傾向が強くなる。

 簡単に言うと『拒否』や『防御』だ。


 「この人は苦手だ」「この仕事は遣りたくない」というのを前提に行動していれば、どうなるかは想像できるだろう。


 正しい思考が出来ず、再び失敗を招きやすくなる。結果、仕事が上手うまく行かず、ネガティブな思考になり『ループしてしまう』というワケだ。


 ネガティブな思考が強いと社畜になるワケではないが、自信がなかったり、劣等感が強かったりすると、周囲からは『面倒なヤツだ』と思われてしまうだろう。


 事故に気を付ける。健康を管理する。災害に備える。

 そういう方向に思考が働けば、ネガティブも役に立つのだが――


(社畜になるような人間は、そういった考え方や行動は苦手だからな……)


「はっはっはっはっは! 仕事をしていて死ぬワケないだろっ!」


 そんな事を言っていた同僚が突然、会社に来なくなったことを思い出す。

 日本の会社というのは、ポジティブもネガティブも危険なようだ。


(いざとなったら、逃げることも選択肢に入れておこう……)


 俺は周囲を見回し、警戒する。

 どうにも、周辺の植物すべてがあやしく見えてしまう。


見慣みなれない植物というのは?」


 そんな俺の質問に、前を歩くミリアムは、


「もうすぐだ」


 と答える。「見れば分かる」とでも言いたいようだ。

 道なりに進むと、彼女の言葉通り、すぐに開けた場所へと出た。


 同時に俺は、言葉に詰まる。石で出来た大きな遺跡。

 ここへ来る最中にも見えていたが、近くで見ると随分ずいぶんと古びているようだ。


 だが、おどろいたのはそこではない。岩山の上から見た時は、植物のつたからまり『目立たないように偽装カモフラージュしている』と思っていた。


 しかし、実際は植物の根が遺跡のいたる場所から伸びている。

 まるで植物に飲み込まれているかのようだ。


 流石さすがに、これは遣り過ぎだろう。

 更に困ったことに、おどろいているのは俺だけではなかった。


 ミリアムも――である。

 目を見開き、硬直していた。


 推測するに――彼女がアジトを出立しゅったつした際――植物はここまで繁殖はんしょくしていなかったのだろう。恐ろしい程の成長速度だ。


(――などと暢気のんきに考えている場合じゃないか……)


 今までの経験から、どう考えても【白闇ノクス】が原因だろう。

 巨大スライムに巨大サンドワーム、更には5体の巨人たち。


 すべては魔物モンスター魔物モンスターを喰らわせることで作り出していた。

 ただ、今回は植物である。


 魔物モンスターを『苗床なえどこにした』というワケではないのだろう。

 考えられるのは――


「やっぱり、ここは『竜のかご』です」


 とはエーテリア。なにかを思い出したらしい。

 一方でミリアムは地走鳥ロックバードを残して、遺跡へと走り出した。


 まあ、すぐに追いついて、めたのだが――


「落ち着け」


 〈キャリーウォーク〉の技能スキルのおかげで連れ戻すのも楽々だ。

 後ろから羽交はがめにされ、ズルズルと引きられるミリアム。


 抵抗するのもバカらしくなったのだろう。

 大人しく、連れ戻される。


「まずは状況の確認だ」


 遺跡を取り込むように根を伸ばした植物。

 その根は、所々に赤い花を咲かせていた。


 幹に直接、花を咲かせ、実のなる幹生花かんせいかとは違うようだ。

 日本だと『木葡萄ジャボチカバ』が有名だが――


(明らかに普通の植物じゃないな……)

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