プロローグ

第1話 神器選定の儀(1)


 〈神器選定の儀〉――というらしい。

 かつて、神々が造りし【神器】。それを人間が得るための儀式だ。


 なんてことはない。数十年に一度、大聖堂に光の玉が出現する。

 その光の中に手を突っ込めば『伝説級の武具アイテムが手に入る』という仕組みだ。


 本来なら『選ばれし勇者』か『国を救った英雄』などが、その権利を得るのだろう。だが、今回は時間が限られていた。


 ゆっくりと『勇者の選定』や『英雄の誕生』を待っているワケにはいかない。

 今回の〈神器選定の儀〉を受けるための条件はただ一つ。


 ――強者であること。


 闘技場コロシアムにおいて集団戦闘を行い『その勝者に権利を与える』というモノだ。

 理由は分からないが、人間族リーンからは【根源】と呼ばれる力が失われていた。


 もう、彼らの中から勇者が誕生することはない。

 例外があるとすれば――異なる世界から来た――俺のような存在だけである。


 数少ない人間族リーンの国『アレナリース』。

 国の周辺は見渡す限り、荒野が続ていた。


 もしくは、砂漠が広がる死の大地だ。

 かつては緑豊かな土地だったのかもしれない。


 しかし現状、弱体化した人間族リーンが安全に暮らせる場所は限られている。

 弱者は荒れた土地に住むしかない。


 まだ国は存在していたが、そこに住む民でさえ、追い詰められている状況だ。

 その原因の一つに【白闇ノクス】の存在があった。


 太古に神々が造ったという【始まり壁イニティウム】。

 伝承によれば、それが世界を守ってくれていたのだという。


 だが、ある日突然【始まり壁イニティウム】は破壊されてしまった。

 壁の向こうから【白闇ノクス】が現れ、世界に闇が広がり、魔物が現れるようになる。


 逃げまどい、りになった人間族リーンはいつしか『戦う力を失ってしまった』というワケだ。


 今日まで、この国の民が頑張ってこられたのも『【神器】の存在があったから』なのだろう。


 まだ戦うことをあきらめていない者たちだけが、この場に集まっていた。

 そして、その全員が俺へと注目している。


(はっきり言って、もう帰りたい!)


 場違いにも程があった。この前までの俺は、日本の片田舎でつちいじりをしていた、ただのオッサンである。


 いや、高齢化の進んだあの土地では、俺みたいな人間でも十分、若者の部類に入っていた。


 とはいえ、いいように使われていただけのような気もする。

 会社では肉体と精神が壊れるまでき使われた。


 実家のある田舎に帰っても、老人たちによって便利に使われる。

 そして、異世界に来ても――


命懸いのちがけで他人を救わなければいけない……)


 という状況のようだ。

 どうやら俺は、そういう星のもとに生まれてしまったらしい。


 歴史を感じる荘厳そうごんとした造りの大聖堂。

 うだるような暑さの外とは違い、中の空気はヒンヤリとしていた。


 老若男女、誰もが神にいのりをささげているようだ。

 そんな信徒たちに混ざって、幾人いくにんかの人物が目につく。


 一番目立っているのは筋肉質の大男だろう。また、素早い動きを得意とする、鋼のような肉体を持った目付きの鋭い男性もいる。


 剣士の女性はスタイルも良く、動きも軽やかだったため印象的だ。

 そんな連中から距離を置くように、壁際には青年が立っていた。


 彼は弓の使い手で外套マントに身を包んでいる。

 誰しもが屈強くっきょうな戦士といっていい。


 しかし、その誰しもが俺より弱かった。

 本来なら、この大聖堂も別の使われ方をしていたのだろう。


 俺は少女の姿をした女神『エーテリア』へと視線を向ける。

 この異世界へ俺をいざなった元凶が彼女だ。


 残念な事に――俺以外の人間の目には――その姿が見えないらしい。

 彼女の声は俺にだけに聞こえるようだ。


 同時に触れることが出来るのも俺だけだった。

 幽霊のような存在だと思った方がいいのかもしれない。


 そんな彼女は俺へと知識をくれる。それは大昔――国が出来た当時――アレナリース王国で生まれた者は、十五歳になると神より武具アイテムさずかるという。


 勿論もちろん、誰しもが【神器】を与えられるワケではない。

 むしろ【神器】は特別な者にだけ与えられるようだ。


 重要な事は【職能クラス】を得ることにあった。ある者は【ウォリアー】、ある者は【ナイト】、またある者は【メイジ】というように【職能クラス】をさずかる。


 つまりは『成人の儀』だ。

 本来ならば、この儀式は誰もが受ける権利を持っていたのだろう。


 それがいつしか、お金を持っている貴族だけとなり、やがて勇者や英雄に限定される。光の玉が出現する間隔が十年、二十年と空いたためだ。


 次はいつ出現するのかも分からない。使えるのも一回限りだろう。

 とうとう俺のようなオッサン――いや、今は少年か――で最後となってしまった。


(この国も、いよいよ終わりのようだ……)

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