第2話 神器選定の儀(2)


「ユイトくん……」「ユイト、しっかり!」


 この国へ来る途中で出会った姉弟『イスカ』と『カムディ』が俺の名前を呼ぶ。

 また、助けた恩義から、


「ご主人……」


 と俺をしたうは獣人族アニマの少女である『ミヒル』だ。

 彼女たちの期待を込めた眼差まなざしがつらい。


 一応、俺をこの世界に連れてきた女神エーテリアからは『好きな武具アイテムを選ぶことが出来る』とは聞いていた。


 正直、ここまでは茶番チュートリアルである。

 砂漠が広がる不毛の大地。魔物を倒しながらレベルアップをした俺。


 例外的な強さの魔物と遭遇そうぐうしたが、機転を利かせて、これを撃破。

 女神であるエーテリアの指示にしたがい、この国へ辿たどり着いたに過ぎない。


 〈神器選定の儀〉を受けるのは決定事項とも言えた。

 一度、社畜となった俺は人の心を失っている。


 レベルやスキルのある世界。ゲーム感覚というよりも、単調な作業をこなし『この場にいる』といった方が正確だ。


 だからこそ、俺は異質なのだろう。地球から来たことが原因ではない。

 この場の俺以外、誰しもが真剣だった。そして、恐ろしい程に静まり返っている。


 自分がつばを飲み込む音が聞こえる程に――


(みんな、ガッカリするんだろうな……)


 それだけは分かる。昔から、こういう役どころばかり選んできた気がする。

 入社一年目は放置され、二年目から一人前あつかい。


 こんなことも出来ないのか!――とののしられる日々。

 それが会社の遣り方のようだ。


 最初だけ甘い顔をして、役に立たない研修を受けさせる。

 その後に「お前はクズだ」「使えない」と自尊心を削り、休みを与えない。


『何でこんな事も出来ないんだ? 目を見れば相手の考えが分かるハズだ』

『サービス残業は美徳だ。お前は出世したくないのか⁉』

『膨大な業務量だが、これをこなせてこそ一人前だ』


 人間から考える力を奪い、社畜を作り出す日本のブラック企業。

 しかし、だからこそ――俺はこの国の人々を見て――すでに決めていた。


 選んだ武具アイテムは『伝説の剣』でもなければ『神槍』でもない。

 この地に住む人々に必要なのは『食べ物』である。


 光の中に手を突っ込んだ俺は、それをつかんで引っ張り出す。

 本来ならば【根源】による相性もあるのだろう。


 光に手を入れた所で、なにも起きない場合もあるようだ。

 だが、すべての【根源】を持つ俺だからこそ反応した。


 こことは異なる世界――地球――から来た俺には、人間族リーンが失ったという九つすべての【根源】ある。


 武具アイテムつかみ取った瞬間、頭の中に衝撃が走った。

 どうやら【根源】が覚醒したようだ。


 今、俺の中で覚醒している【根源】は三つ。

 『武技の根源』と『正義の根源』、そして『調和の根源』だ。


 今回は新たに二つ『秩序の根源』と『混沌の根源』が覚醒した。分かりやすく言うのなら『回復魔法と攻撃魔法が使えるようになった』という事になる。


「くっ!」


 俺は思わず。苦悶くもんの声をらす。

 同時に立ちくらみを起してしまい、後ろへと下がってしまった。


 そんな俺の身体からだをカムディたちが支えてくれる。

 大丈夫か⁉――と心配もしてくれた。


 勿論もちろん、会社でも声だけは掛けてくれた。

 だが、誰も救いの手までは、差し伸ばしてはくれない。


 誰もが、自分のことで手一杯だったのだろう。

 大聖堂に集まっていた面々も、会社の連中と同じようだ。


 ザワザワと騒がしいが、みな一様いちように絶望の表情を浮かべている。

 分かっていた事とはいえ――


(これだから、嫌だったんだ……)


 すべての視線は、俺の持つ杖へとそそがれていた。

 『豊穣ほうじょうの杖』――あらゆる植物に影響を与える【神器】である。


 皆が魔法を使えるワケではない。もし、使えたとしても初級以下の魔法だろう。

 ましてや俺も『魔法使い』ではない――いや『なかった』というべきだ。


 【根源】が覚醒した今、ポイントを使用することで、いくつかの魔法を使用できるようになった。だが、この場の全員、そんな事を知るよしもない。


 例外は俺と一緒に行動している女神エーテリアだけだろう。

 今この国へ、魔物の群れをしたがえた【白闇ノクス】が向かってきている。


 誰しもが剣を望んだハズだ。奇跡を望んでいたハズだった。

 それなのに俺は杖をつかんでしまう。


 皆は『もう助からない』と思っているようだ。

 国王はその場に倒れ込み、司祭は天をあおいだ。


(さて、この空気をどうしたモノか……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る