第156話 決着の時(3)


 俺は首に掛けていたくさりを取り出す。

 正確には、鎖についている指輪だ。


 恐らく――『白闇ノクス』が俺の前にあらわれた――もう一つの理由が、この指輪だろう。

 当然、これにはナトゥムが宿やどっている。


 『白闇ノクス』の狙いは、片割れである彼女なのだろう。


(性別については疑問が残るが……)


 ナトゥムの言葉を信じるのなら、彼女たちは双子の女神だった。

 姉のグラナ――それが今、対峙たいじしている『白闇ノクス』の正体だ。


 しかし、ナトゥムが豹変ひょうへんしていたように、その自我じがは崩壊しつつある。

 真名まなを使って契約を交わしたとしても、上手くはいかないだろう。


 神とやらは、人々から認識されなければ、あるべき姿を保てないらしい。

 まずは『正気に戻す』もしくは『抵抗できない程に弱らせる』必要がある。


 当然、俺が取るのは後者だ。

 今のグラナは『邪神』や『まつろわぬ神』といった表現をした方が近いのだろう。


 行動からさっするに何者なにものか――『鬼神』や『荒ぶる神』のたぐい――にあやつられているのかもしれない。


 北欧神話の『ロキ』やエジプト神話の『アポフィス』が有名だ。

 日本神話だと『スサノオ』になるのだろうか?


 『善と悪』『破壊と生産』『賢者と愚者』など、異なる二面性を持つ存在だ。

 はて? どこかで聞いたような――


(ああ、そうか……)


 人間族リーンの持つ九つの【根源】だ。

 『調和の根源』はのぞくとして――


 『武技と正義』『秩序と混沌』『力と知恵』『創造と破壊』。

 それぞれ、ついになるように設定されている。


 最初から『分かっていたこと』だが、すべての事件はつながっているようだ。

 とはいえ、神々の争いを俺がどうこう出来るハズもない。


 いや「首を突っ込みたくない」といった方が正しいのだが――


(まずは目の前のことを片付かたづけよう……)


 ナトゥムとの契約は姉である『白闇ノクス』を助けることだ。

 俺としては、こうも早く遭遇そうぐうするとは思ってもみなかった。


 昨日の遭遇エンカウントでナトゥムは『姉である』と直感したようだ。

 ならば妹である彼女に説得をお願いしたい所だが、声は届かなかったらしい。


 ナトゥムの時と一緒で、会話は成立しないのだろう。今のグラナは、のどかわきをいやすため、水を探し求めているのと同じような状態だ。


 彼女はただ、必死に求めているだけである。

 正常な判断は難しいだろう。しかし、希望もあるようだ。


 俺と対峙たいじした――という事は、片割れである妹の気配を感じ取った可能性が高い。

 ただ『妹だ』とまでは認識できていないのだろう。


 単純に『なつかしさ』や『慈愛じあい』のような感情がいたと見るのが正しそうだ。

 その感情の出所でどころを『確かめたかった』といった所だろうか?


 そう思い、俺は指輪を『白闇ノクス』へとかざしたのだが、反応はない。


(ナトゥムの勘違いじゃないのか?)


 と一瞬、うたがったのだが、


「いやいや、姉上は感情を表に出さない性格タイプなのだ」


 慌てた様子でナトゥムが、そんな言い訳をする。

 正直、今一いまひとつ信用できないが――


(どの道、倒すことに変わりはないか……)


 うばわれる可能性もあるので、指輪は一旦、服の中へと戻す。

 少なくともしばらくの間、ねらいは俺になるだろう。


 ナトゥムの言う事を信用するのなら、今のグラナは錯乱しているが、機械のように任務を遂行すいこうする能力を持っていることになる。


 洗脳された社畜のようで、なんともあわれな存在だ。

 ゆえに――彼女と会話を成立させるためにも――ここで倒さなければならない。


 しかし、われながら面倒な約束してしまったモノである。

 異世界に来たからといって、面倒事をたのまれる体質は変わらないらしい。


 まあ、約束をしなくても――


(状況的に戦う以外の選択肢はなかっただろうが……)


 そう考えるとあながち悪い状況ではなさそうだ。

 一石二鳥とは違うが、この一戦ですべてが片付くのは助かる。


 さて、いつまでもにらみ合っているワケにも行かない。

 相手が動かないのは、地上での戦いをけているからだろう。


 俺は仲間を使った戦い方を得意とする。

 空の上なら、その心配がない。


 一番の理由は〈ホーリーウォーク〉だろうか? 巨人ほど大きくはないが――今の『白闇ノクス』の形状では――人間族リーンの建物は窮屈きゅうくつだ。


 神殿で戦った場合『簡単に追い詰められてしまう』と考えたに違いない。

 まあ、その通りで神殿の中は当然、罠だらけである。


 つまり『白闇ノクス』は俺が仕掛けるのを待っているのだろう。

 俺を倒した後、ゆっくりと神殿を占領せんりょうするつもりだ。


 その方が『効率がいい』とんだと見ていい。

 まあ、俺も復活は出来るが――


(すぐに、この場所へ戻ってこられる保証もないか……)


 直接、神殿を攻撃されても面倒だ。

 避難しているミヒルやイスカたちに危険が及ぶ。


 俺は〈アイテムボックス〉を展開した。

 急な仕様変更に対応するのも、社畜の義務だ。


 栄養剤ポーションも用意してある。

 いくぞ、残業拳!

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