第155話 決着の時(2)


 巨人との戦いは人間族リーン側の勝利に終わったようだ。

 正直、ふたけてみるまでは、分からないと思っていたのだが――


(心配することは無かったようだな……)


 いや、まだ『大事な一戦』が残っている。

 安堵あんどしている場合ではなかった。


 俺と『白闇ノクス』との戦いである。

 もし、俺が負けた場合、誰も『白闇ノクス』へは対抗できない。


 人間族リーンはそれで終わりだ。

 巨人を倒し、折角せっかく得た勝利も、すべてが無駄むだになってしまう。


 どんよりとくもった空を見上げると、漆黒の翼を広げ、合成獣キマイラとなった『白闇ノクス』が俺を見降ろしていた。


(やはり、このタイミングで来たか……)


 【終末の予言】には『ある種の強制力』が働いているようだ。

 詳細な内容が明確に記載されていないのには、リスクがあるからだろう。


 予言通りに実行されなければ『それ相応の対価が求められる』というワケだ。

 ゆえに詳細な記載はできない。


 また、記載する文法にもルールがあるのだろう。

 詩というよりも、短歌や俳句に近いのかもしれない。


 表現技法や文字数など、制限があると見ていい。

 万能ではない――ということだ。だが、逆もまたしかり。


 巨人は倒されたが、失敗したワケではない。

 魔物モンスターの軍勢が都市を攻めた事実は残る。


 後は神殿を占拠せんきょするだけだ。それは魔物モンスターである必要はない。

 つまり『白闇ノクス』にとっては、これが最後の機会チャンスとなる。


 相変わらず、他人ひとを下に見ないと気が済まないらしい。

 魔物モンスター駆除くじょしたので、変身を続ける意味はないハズだが――


(生き物の姿を借りなければ、存在できないのだろうか?)


 その姿形を変える目的は『生物をあやつること』だけではなさそうだ。

 また、すぐに別の生命へと『姿形を変える』ということも難しいのだろう。


 ナトゥムの時も、地走鳥ロックバードの姿を保てなくなる状態まで追い詰めたことで、眷属けんぞくとしてしたがえることに成功した。


 まあ、その状態まで追い詰めることが出来るのは――


(異世界人である俺しかいないだが……)


 流石さすがに今回は警戒されてしまっている。

 1対1というのも、俺にとっては不利だ。


 また『白闇ノクス』の放つ〈絶望のオーラ〉も厄介やっかいだ。

 この世界のあらゆる生命は恐怖を覚え、足がすくみ、動けなくなってしまう。


 人間としての感情を殺し、思考を停止しつつも、キチンと仕事をこなす――そんな訓練を日常的に行っている日本の社畜でなければ、対抗するのは難しい。


 訓練された社畜は例え、親の死に目や天変地異に遭遇そうぐうしたとしても、会社へ行くモノだ。定年退職をむかえても、ゾンビになったとしても、会社へ行こうとするだろう。


 それが社畜である。そんな俺たちにとって――


(ある意味、死や絶望は救いなのかもしれないな……)


 今は神殿を中心に都市全体が『天空の女神エーテリア』の領域となっている。

 『白闇ノクス』は上空から潜入したようだ。


 確かに空中では、俺の〈ホーリーウォーク〉を展開できない。

 飛行能力を持つ魔物モンスターの姿で現れたのも、戦術としては有りだろう。


 俺の能力を知っているのであれば、空中から攻めてくるのが無難な手といえる。

 空中を歩行できる技能スキル〈スカイウォーク〉はあるが、制限時間付きだ。


 ただ、疑問も残る。そのまま勢いをつけて落下すれば、『白闇ノクス』は俺を相手にせず、神殿の奥まで辿たどり着けたハズだ。


 『天空の女神エーテリア』の領域内では能力が減退している。

 今、俺と戦うのは分が悪い――という判断も出来ただろう。


(それをしなかったのは、どうしてなのか?)


 まずは身体からだが大きい事が、一番の理由として考えられる。

 『白闇ノクス』は不死身だ。


 それは物質による攻撃を一切いっさい受け付けないからである。

 根本的なところで、俺たちとは相容あいいれない存在。


 闇で出来た身体からだは光を吸収するようだ。

 身体からだの向こうがけて見えるワケではない。


 しかし、物質を透過とうかしてしまうため、物理攻撃は無効となる。

 だが、それは同時に弱点でもあった。


 物質の透過は可能だが――物質を体内に取り込んだ――その最中さいちゅうは動きがにぶくなる。ナトゥムとの戦いは、それを利用して勝利した。


 神殿の中を高速で移動するのは、障害物が多く、困難だと判断したのだろう。

 下手をすると、俺に追い付かれて、その場で浄化される可能性が高い。


(今回も、上手く型にめて倒す必要があるな……)


 だが、空気や砂のように小さな物質の影響は受けないようだ。

 水などの液体も同様だろう。


 俺がエーテリアに作り出してもらった雲は、今にも雨が降り出しそうだ。

 わざわざ雨が降りそうな中『出てきた』という事は、そうなのだろう。


 都市にだけ雨を降らせてもらえば――『白闇ノクス』の動きを封じることが出来るかも――などと少し期待はしていたのだが、そうは簡単ではないらしい。


(まあ、大男たちがスライムを倒した後に、雨を降らせてもらえばいいか……)


 広がった雲は砂漠の強い日差しから兵士たちを守ってくれたハズだ。

 最後に燃えてしまった竹林やほり鎮火ちんかする必要がある。


 展開してもらった雲は、まったくの無駄というワケではない。

 むしろ、十分に役割を果たしてくれた。


 最後に恵みの雨を降らせて――


(終わりと行こう……)

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