第33話 序盤の雑魚(7)


 神殿中央の広間――その四方には出入り口がある。

 念のため、それぞれの場所に塩をく事で、外にある体と分断させておく。


 だが油断は出来ない。予想では神殿の地下に水路があり、追い詰めるとそこへ逃げ込む可能性が高いからだ。


 門の周辺に植えられていた『結界草バリアリーフ』がれていたのも、スライムが地下水を汚染したのが原因だろう。それで街に魔物モンスターが入り込んだ。


 いや、すべては計算され、仕組まれている。

 恐らく、砂漠にも異変があったのだろう。


 デザートゴブリンとデザートウルフが街の方へと追い遣られた。

 一匹、二匹ではない。大量の魔物モンスターだ。


 スライムが――砂漠に最適化された――魔物モンスターの魔結晶を取り込むと、どうなるのか? 『砂漠に特化した種に変化する』そんな可能性を俺は否定できない。


 人間は恐ろしい生き物だ――ということは、年齢をかさねれば誰もが知っている事だ。日本でいうのなら、ペットの問題に近いのだろう。


 田舎に居たので、捨て犬をよく見た。

 狩猟シーズンの終わりに、野山のあちこちで狩猟犬が捨てられるからだ。


 狩猟犬には向かないおだやかな性格のモノ、ケガをしたモノ。

 単純に禁猟期間の飼育はお金が掛かるため、置き去りにされるモノ。


 犬の世界も、なかなかにブラックなようだ。

 また、飼い主のネグレクトで捨てられるケースもある。


 存在を無視され、外につながれたまま、何年も放置されたりするそうだ。

 人間に話し掛けられたことがないのか、言葉にも反応しないらしい。


 恐らくはミヒルも、これに近い状態だったのだろう。

 顔の半分がただれていた。


 みにくい子供に話し掛ける存在はいなかったらしい。

 言葉使いが片言になっているが、その証拠しょうこである。


 また、猫の場合は『えさやりさん』が問題だろうか?


(ヨネ婆は畑をトイレにされるので、猫を追っ払っていたな……)


 『えさやりさん』とはえさを与えるだけで、その他のことは『知らない』『関係ない』と考える人間だ。本人は良かれと思っているのでたちが悪い。


 猫の鳴き声がうるさい、敷地内にふんをされた、植木鉢や車を傷つける――といった苦情が増え、近所迷惑となる。


 また、餌やりをしている人間が引越しなどで居なくなってしまえば、残された猫は餌場を探して彷徨さまようことになるだろう。


 『無責任な飼い主と変わらない』というワケだ。

 保護犬猫がなくならない理由はそれだけではない。


 中でも繁殖業者の実態はひどいモノだ。ペットショップで売れ残った犬や猫が譲渡され、保護犬猫となるのはまだ理解できる。


 生後4カ月になると売れないそうだ。

 新しく売るためには、それらを処分し、繁殖はんしょくさせなければならない。


 つまり親となる個体が存在する。では、高齢は勿論もちろん、怪我や病気で繁殖に使えなくなり、ブリーダーが手放した犬猫はどうなるのだろうか?


 残念ながら『金儲かねもうけ』としてしか考えていない業者は多いようだ。

 生体工場パピーミルという言葉を聞いた事ぐらいはあるだろう。


 彼らには『適切な飼育をする』という意識はない。

 『生き物』ではなく、ただの『商品』だからだ。


 子供を『産ませているだけ』なのだろう。身動きのとれない、せまいケージに閉じ込め、死なない程度の――最低限の――エサのみ与える。


 当然のように、近親交配も行われているようだ。

 また、糞尿ふんにょうはすべて、ケージの中でれ流しらしい。


 『トイレのしつけ』などという考えはないのだろう。

 怪我や病気になっても治療はおろか、ケージから出されることもほとんどない。


 病気や出産で体がボロボロになり、繁殖できなくなるまで酷使こくしされる。

 それが繁殖リタイヤした犬猫の末路だ。


 勿論もちろん、すべての犬猫の運命がそうではない。

 だが、嬉々ききとしてペットを飼う人間。


 今回の事件はどうにも、それを連想させる。たして、この作戦を思いつき実行したと思われる【白闇ノクス】と『俺たち人間』はどう違うのだろうか?


 エーテリアは理解していないのかもしれないが【白闇ノクス】と人間は近い思考を持つのではないだろうか?


(やっている事は大差ないな……)


 だが、だからこそ人間が【白闇ノクス】へ対抗する手段と成り得るのだろう。

 そして、これこそが神の望む不完全なのかもしれない。


 もし、この巨大なスライムが砂漠に適応してしまったら、面倒なことになる。

 本来は乾燥や高温、または冷気に弱い存在だ。


 その弱点が克服こくふくされるのは、由々ゆゆしき事態といえる。

 思っていた以上に時間はなさそうだ。


 短期決戦が望ましい所だが――


(こちらの火力不足はいなめないか……)


 スライムのコアがあるとおぼしき中央の台座。

 交易都市なので、海神か商売の神がまつられていたのだろう。


 建物の構造からいって、神殿をおとずれた誰もが、この場所を通るハズだ。

 かつては多くの人々が神殿に訪れ、祈りをささげたに違いない。


 そんな場所に、人間たちをほろぼすために用意されたスライムが居座る。

 まるで新しい神を創造するかのようだ。


 透明になって隠れているため、スライムのコアがある確証はない。

 そう思っていたのだが――


(【白闇ノクス】という存在が人間に近い思考を持つのなら……)


 この場所しか、考えられなかった。

 地上に暮らす人々が崇拝すうはいしていた神をけがす。


 もしくは、その行為こうい嘲笑あざわらう。

 それに通じるいやらしさが、ひしひしと伝わってくる。


 塩の残量が心許こころもとないが――


るしかなさそうだ……)

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