第64話 竜の揺り籠(2)


「は、早いーっ!」


 とミリアム。ミヒルは喜んでいたのだが、どうやらおどろいているらしい。

 まあ、これが普通の反応なのだろう。


 相変わらず、グガルとダタンの方は蜥蜴人リザードマンのため表情が――


(いや、必死にえている感じがするな……)


 俺は砂漠へ出ると、即席で用意してもらった『雪車そり』――この場合は『砂車そり』だろうか?――に三人を乗せた。


 今はロープで引っ張り、三人の乗った砂車そりを『牽引けんいんしている』というワケだ。

 重たい荷物を運んで歩くための技能スキル〈キャリーウォーク〉を習得している。


 そのため、この程度の重量なら問題なく運ぶことが出来るようになっていた。

 『人力車』のようなモノだろうか?


 いや――砂丘さきゅうへ登ると、サンドボード替わりのカイトシールドを利用して、一気に加速する。そして、次の砂丘さきゅうへとうつる。


 上昇と下降を繰り返すので『人力車』というよりは『ジェットコースター』に近いのかもしれない。


 当然、シートベルトはない。

 だが、落ちても周りは砂だ。怪我はしないだろう。


 安全バーは『乗客が立ち上がるのを防止するためのモノ』らしいので、今回は必要ない。むしろ、危険なのは魔物モンスターの方だ。


 アレは人間をおそうように出来ている――とはいっても、ゴブリンなどの魔物モンスターはサンドワームがすでに食べくしているハズだ。


 そのサンドワームも俺が倒したので、安全といえるだろう。

 魔物モンスターが出現しなくなった砂漠の海を、俺たちは順調に移動した。


 いや、ミリアムたちは不慣ふなれな所為せいか、乗り物いをしたようで苦しそうだ。

 しかし、急いで仲間たちのもとへ向かいたいのだろう。文句は言わなかった。


 彼女たちの案内にしたがって移動すると、やがて入り組んだ岩場へと辿たどり着く。

 正直、砂漠など、何処どこも同じに見えるのだが――


(彼女たちにとっては、庭みたいなモノらしい……)


 『盗賊のアジト』は入り組んだ岩場の奥にあるようだ。奥をのぞこうとしたが――ゴツゴツとした大きな岩が転がっていて――視界をさえぎられてしまう。


 天然の迷路になっていて、ミリアムの話によると、奥には水場と遺跡が存在するそうだ。


 蜥蜴人リザードマンたちが造ったワケではなく、昔から、この地にあった地形を利用しているらしい。砂車そりを適当な岩に立て掛け、外から見えない位置へと隠す。


 早速、道案内の続きを頼みたかったのだが、ミリアムたちはれない砂車そりでの移動のため、具合を悪くしたようだ。四つんいになり、休んでいる。


 この様子では、回復まで時間が掛かりそうだ。

 『盗賊のアジト』ということで、罠があるかもしれない。


 迂闊うかつに近づくのは危険だろう。

 俺は彼女たちの回復を待つことにする。


 一応、地走鳥ロックバードの足跡はあるようだが、偽装ダミーの可能性が高い。


(迷い込ませるための罠か……)


 地走鳥ロックバードは岩場をとする鳥らしい。

 走りにくく、入り組んだ場所を好んで通るとは思えない。


 恐らく、あの脚力を使って、岩の上を移動するのが正解だろう。

 俺は〈スカイウォーク〉を使用すると、上空へと移動する。


(なるほど……)


 入り組んだ岩場の向こうに遺跡が見えた。

 木々でおおわれているため、廃墟はいきょのようにも見える。


 水場があるのは確かなようで、植物がしげっているのだが、みょうな気配を感じた。

 いや、この場合、違和感と言うべきかもしれない。


(生き物の気配が感じられない……)


 都会の喧騒けんそうを忘れ――などいう言葉があるように、森林には騒音を減衰げんすいさせる働きがある。木の葉や枝、幹にさえぎられて、空気の振動が失われるからだ。


 当然、葉が多いほど、音をたくさん吸収する。

 日本でも、空港では防音林を整備していると聞く。


 だが、ここは砂漠にある限られた水場。風にそよぐ木々のれや、水がせせらぐ音、烏のさえずりなどが聞こえてもいいハズだが――


(自然界では「ゆらぎ」といっただろうか?)


 心理的な安心感を与えてくれるヒーリングミュージックは、この「ゆらぎ」を応用して作られていることが多い。


 音を『減衰げんすいさせる』という現象は、不快な騒音を快適な音へと『変換する』ことでもあるのだろう。


 また、世の中には『無音恐怖症』という症状もあるようだ。

 静かな場所だと『かえって落ち着かない』という事もある。


 確かに、音が程よくゆらいでいると、心地良くなるモノだ。

 電車で眠くなるもの、振動と音が関係しているのだろう。


 リラックス効果や集中力を高めるのも、また『ノイズ』ということらしい。

 俺はミリアムたちのもとへと戻る。


 彼女たちの話から、蜥蜴人リザードマンに異変が生じたのは植物が原因のようだ。

 恐らく、蜥蜴人リザードマンに強く作用する成分があるのだろう。


 グガルとダタンの二人には、ここ待機してもらい、ミリアムに案内を頼む。一緒に連れて行っても『被害者が増えるだけだ』というのは彼女との共通認識らしい。


 ミリアムは二つ返事で了承すると、立ち上がる。

 まだ、フラフラしているようだが、小さな笛を取り出す。


 その笛を鳴らすと――ピィーッ!――と周囲に音が響く。

 鳥の鳴き声に似ている。離れた場所から足音が近づいてきた。


 地走鳥ロックバードだ。岩場をつたい、器用に上から降りてきた。

 昨日、彼女が乗っていた個体のようだ。


 無事にアジトへと戻っていたらしい。

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