第56話 魔物に占領された街(1)


 俺に戦闘技術が『あった』ワケではない。

 いて言うのであればタイミングが『あった』のだろう。


 バランスを崩し、自らの重さで谷底へと落下するサンドワーム。

 硬い地面へ体を打ち付けた瞬間、俺の斧が振り下ろされる。


 見事にぷたつになったというワケだ。

 薄暗い谷の底にいきおいよく体液が飛び散る。


 だが、油断は出来ない。

 俺たち人間は、身体からだが真っ二つになれば即死かもしれない。


 だが、体の構造が単純な生物はそうではないハズだ。

 現に経験値が入らなかった。まだ生きている可能性が高い。


 俺が頭部の方へ視線を送ると谷底にあった岩に頭をぶつけたらしく、つぶれているようだった。


 ならば何故なぜ、経験値が手に入らないのだろうか?


「後ろです!」


 とエーテリアの声が響く。俺はその場を飛び退くと同時に振り向いた。

 見るとサンドワームが鎌首をもたげている。


 一瞬『二匹居たのか!』とおどろいてしまったが、相手はミミズの側面も持つ。

 雌雄同体――雄と雌がくっついているのだろう。


 普段は地中を移動しているため、他の個体と出会う機会は限られている。

 子孫を残すためにも――雄と雌――両方の機能を兼ね備えているらしい。


 サンドワームの攻撃にそなえ、カイトシールドへと持ち替える。

 無数の牙がのぞく、大きな口だ。


 映画なら「歯ぐらいみがきやがれ!」とウィットの効いた台詞セリフが出るのだろうか、俺は淡々と作業フローこなす。


 技能スキル〈シールドバッシュ〉でカウンターを行う。

 みつき攻撃を逆手に取り、次の一手へと利用した。


(やっと、本来の盾としての使い方が出来たな……)


 俺は防御の反動で素早く着地、再び武器を斧へと持ち替え、相手の体に飛び乗る。

 通常ならサンドワームは体をくねらせ、俺を振り落とすのだろう。


 だが、身体の半分を失った状態では、それもままならない。

 また同時に、自分の体に取り付いた獲物えものみつくのはむずかしいようだ。


(まあ、それ以前に本気で走った俺は速い……)


 素早く頭部へ近づくと技能スキル〈ブランディッシュ〉を発動。

 頭部を細切れにする。


 なにやら体液まみれになってしまったが、エーテリアに浄化してもらえばいいだろう。

 レベルも上がったようなので、完全に相手を撃破したようだ。


 【バランサー】が20、【ナイト】も10になったので、これで上限カンストである。

 折角せっかく、谷底まで来たので、色々と調査したい所だが――


(スライムの魔結晶を回収する方が先か……)


 俺はガスを吸わないように息を止めると、エーテリアに視線を送ってから上を指差した。


 彼女は理解してくれたようなので、俺は〈スカイウォーク〉で谷底から脱出する。

 そのまま、更に上空まで駆け上がった。


 周囲を見渡すと、遠くの草原に魔物モンスターれが見付かる。

 方角から考えても、魔結晶があるのは、あそこで間違いないようだ。


おおかみの群れだろうか?)


 南の方角なので、イスカたちが逃げてきた街が近いのかもしれない。

 リディエス同様に魔物モンスターが集まっていた可能性もある。


 そんな場所に魔結晶を飛ばしたのだから、魔物モンスターがすぐに集まってきたというワケだ。『運がいい』というのだろうか?


 大きな魔結晶を取り込むのにも、それなりの強さが必要らしい。

 おおかみの群れは強くなるために、互いに争っているようだった。


(魔結晶はまだ無事か……)


 俺は武器をサーベルへと持ち替える。

 そして、いつものように上から奇襲きしゅうを仕掛けた。


 まずは一番強そうな群れのボスを一刀両断。一撃で斬り伏せる。

 『ダークウルフ』と表示されたので、それが種族名のようだ。


 デザートウルフとは異なる種族らしい。確かにせたデザートウルフよりも一回り大きく、毛の色は漆黒で見る角度によっては紫にも見える。

 

(名前からして【闇】属性か……)


 【光】属性以外の魔法には、抵抗力があるのだろう。

 俺はそんな分析をしながら、魔結晶へと移動する。


 どうやら、大きな魔結晶になると――魔力を秘めている所為せいか――硬度も増すようだ。結構、雑にあつかったつもりだが、傷一つないように見える。


 また、擦れ違いざまに軽く剣を振るうだけでダークウルフを斬ることが出来た。

 レベルが上がった効果だろうか?


(いや、それだけじゃないような……)


 武器を持って警戒しつつかがみ、手を振れることで魔結晶を回収。

 不思議な事にダークウルフが近づいてこない。


 むしろ、おびえているようにさえ見える。

 それほどまでに実力差があるようだ――など己惚うぬぼれるような性格ではない。


 原因は分かっている。


(サンドワームの体液か……)


 相当にくさいらしい。

 鼻のいいウルフ系の魔物モンスターは『完全に嫌がっている』というワケだ。


 納豆は好きだと聞いたが、ニオイの系統が違うのだろう。

 ちなみに猫も納豆を食べるらしい。


 人間同様に健康食品ではあるようだが、猫はあまりんで食べない。

 消化不良やアレルギーの心配もある。


 与える際は『小粒』や『ひきわり』にして、食事が終わった後は体を確認した方がいい。納豆が猫の体についていた場合、家が納豆臭くなってしまう。


(どうやら、今の俺はダークウルフにとって嫌なにおいらしい……)


 あまりめられた戦闘スタイルではないが、俺はダークウルフへと斬り掛かる。

 何頭なんとうかには逃げられてしまったようだが、無傷で対処できたことは有難ありがたい。


 このままオアシスに戻ってもいいのだが、もう少し探索するのも手だろう。

 それに借りたペンダントも返さなくてはいけない。


 いや、それより――


(エーテリアに浄化してもらう方が先か……)

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