第94話 食糧問題(2)


 最初なので『植える植物は果物がいい』と俺が勝手に決めたのだが――


(後で神殿側から必要な植物の一覧を提出させるか……)


 流石さすがに果物だけで、人は生きていけないだろう。

 王国が機能していない今、作物の管理も神殿側に押し付けるのが良さそうだ。


 食糧を管理させることで神殿は利権を得ることが出来る。

 また、仕事に忙殺ぼうさつされることで、俺への余計な口出しも減りそうだ。


 まずは『食糧不足の問題を解決する』という建前で自由に行動させてもらおう。

 神官たちも、食糧問題については理解していたようだ。


 上層部の意思とは関係なく、俺が果実を住民たちへ配るように指示すると文句を言わずにしたがってくれた。


 今までの態度から考えると、見事なまでの手のひら返しである。


(少し気味が悪いが……)


 また食糧を配布する際、街の人たちの栄養状態と怪我けがや病気などの症状を記録するすように伝える。


 戦うにしても逃げるにしても、住民たちの体力を回復させなければならない。

 だが、問題は作物の収穫の方法である。


 現状、ミヒルが自発的にってきてくれるのだが、彼女一人に任せるのは流石さすがこくだ。人手が必要になる。


 俺は大男に頼んで人を呼んできてもらう事にした。『結界草バリアリーフ』を植えてはいるが、街の外なので魔物モンスターおそわれる危険があるかもしれない。


 それなりに腕の立つ人物が必要だ。

 イスカたちには悪いが、炊き出しを頼む事にした。


 目的は状況の把握だ。

 また神官たちが、どのくらい頼りになるのかも分からない。


 ある意味、俺の目の代わりとして、神官たちと一緒に行動をしてもらう。また女性の視点で見ることにより、俺が見過ごしているような事に気が付くかもしれない。


 世の中には冷蔵庫の中に納豆のパックを包むセロハンやビールの6缶パックの紙をからの状態で入れっぱなしにする人間がいる。


 会社で例えるなら、トイレットペーパーを使い切っても、取り替えない人がいるのと同じだ。


 新しいロールを補充しないどころか、1巻きだけ残す。また、コピー用紙の補充もしなければ、電気ポットのお湯を使っても水を補充しない。


 気にしたら負けのような気もするが、毎日やられるとイライラしてしまうのも確かだ。些細ささいな出来事が仕事の不協和音へとつながる。


 念のため、青年狩人と女剣士に護衛をお願いした。

 治安がいいとは言えない状況だ。


(今のところ、打てる手はこんなモノだろうか……)


 俺が【神器】を手にした事で、街の上層部の連中は今後の方針を相談しているのだろう。監視役のような人間を付けているが、直接会う気はないようだ。


 俺の実力に対し、まだ未知数である部分が多い。

 そのため、はかりかねているのだろう。


 今の内に街の人間たちを味方に付けた方が良さそうだ。

 一度解散し、それぞれの準備をしてもらう事にした。


 『豊穣ほうじょうの杖』についてだが、粛々しゅくしゅくと作業を続けているとコツもつかめてきた。興味深いのか、ミヒルは地面に降りて、植物が成長している様子を黙って見ている。


 俺と出会う前は病気で寝たきりだったようなので、初めて見たのかもしれない。

 ピクピクと彼女の耳が動く。俺は切りのいい所で作業をめた。


「おーいっ!」


 と声を上げ、手をる大男。

 俺が視線を向けると、ゾロゾロと男たちを引き連れて戻ってくる。


 思っていたよりも人望があるようだ。

 ミヒルはまだれていないようで、俺の後ろに隠れている。


(取りえず、収穫の説明をしなければ……)


 まずは――『結界草バリアリーフ』を傷つけないように――と俺は説明をする。

 また、見張りと採取、休憩を交代でとるように指示した。


 現場の責任者には大男を指名する。面倒事は他人に押し付けるのが一番だ。

 だが、大男は『信頼されている』と勘違いしたようだ。


 最初に出会った時とは打って変わって、俺に好意的になる。

 もうすぐ、神官たちがかごや道具を持ってくるだろう。


 協力して事に当たるように俺は指示を出す。

 家業で手伝っていたのだろうか?


 詳しい人間も居たようなので、ソイツを指導係に任命した。

 またエーテリアに頼み、男たちを浄化してもらう。


 どうせ汚れるとはいえ、小綺麗な男たちが収穫した果物の方が、食べる側の人間も喜ぶだろう。


 エーテリアは手加減をしてくれたようで「さっぱりした」という程度の変化だが皆、ヤル気になってくれたようだ。


 俺の方も、さっさと作物を植えなくてはいけない。

 経験上――梅吉のような――この手合いは、すぐきるのだろう。


 だが、気合は十分なため、うかうかしているとくされてしまうような気もする。


(俺も頑張らないとな……)


 街をグルリと囲むように『作物を植える』と考えた場合、途方もない距離に思えてくるが、会社の仕事とは違って終わりはある。


 まあ、会社の場合は何故なぜか定時間際まぎわになると「明日までにやっておけよ」と上司が仕事を追加するが原因だ。客から電話が掛かってくることもある。


 俺は「なんとかなるだろう」と社畜のパッシブスキル〈正常性バイアス〉を発動する。残業など当たり前である。


 長時間労働は常態化してなんぼだ。労働って素晴らしい。

 仕事は体調不良や精神疾患をわずらう社員が多くなってからが本番である。

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