第19話 九つの種族(1)


「待てい!」


 俺は――ぽすっ!――とエーテリアの頭にチョップをかます。

 痛くはないだろう。


 それよりも、れていることの方が嫌がられそうな気もする。しかし、


「はわっ♪ なんだか、こういうの……」


 恋人っぽいですね♡――とエーテリア。両手をほほに当てて喜ぶ。

 彼女の言う恋人像が、どういうモノかは分からない。


 確かに普通は、相手の髪にれるようなことはしないだろう。

 どうやら、女神である彼女にとっては新鮮な感覚だったらしい。


 俺は――友達同士でもヤルと思うぞ――という台詞セリフを飲み込んだ。

 それよりも今は裸の状態をどうにかしたい。説明の前にタオルを要求する。


 ここは彼女の領域だ。その位、なんとか出来るだろう。

 だが、エーテリアの返答は、


「ここでは、裸がユニフォームですよ」


 というモノだった。

 彼女の方は白いヒラヒラの服を身にまとっているのだが――


 そんな俺の視線から、なにを言いたのか気が付いたようで、


「様式美ですよ」


 とエーテリア。まるで聞き分けのない子供をさとすように語る。

 そんな様式美は知らない。


(いや、確かに、魂だけの状態であれば、裸の場合もあるのだろうが……)


 『俺が悪い』みたいな空気はめて欲しい。

 彼女の性格から察するに『俺の裸が見たいがための言い訳』のような気がする。


 まあ、俺も「彼女の裸が見たいか?」と問われれば「はい」と答えてしまうだろう。そのため、あまり強く言うことは出来なかった。エーテリアは、


「仕方のないユイトさんですね……」


 かわかすのもいいですが――とつぶやいた後、


折角せっかくなので【根源】を覚醒させましょう!」


 と両手を合わせ、笑顔で提案する。転移前に簡単な説明は受けていた。

 異世界『アストラムトロヌス』――そこには九つの種族が存在する。



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  【いにしえの時代】

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 神々が最初に創り出した最も古い種族。

 それがいにしえの種族とも呼ばれる『妖精族ルーナ』と『精霊族ソリス』である。


 『妖精族ルーナ』の多くははねの生えた小人のような存在だ。

 子供のように純粋だが、それゆえに染まりやすい。


 植物の種子や音楽を世界中へ運ぶのが彼らの仕事だ。

 一方で『精霊族ソリス』は幽霊のような存在だった。


 人の形はしておらず、魔素エーテルを正しく循環させることで、世界の在り方を手助けするのが仕事だ。


 やがて地上に緑と音があふれ、魔素エーテルちる。

 地上に生命を創り出す環境が整ったのだ。


 だが、その世界を手に入れようと【白闇ノクス】が出現する

 神々は脅威に対抗するため、新たな種族が創造する。


 それが強き種族である『天人族アダマ』と『竜人族ドラン』だ。



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  【そらの時代】

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 新たな二つの種族は『頑丈がんじょう身体からだ』と『何処どこまでも飛べる翼を持っていた』という。そのことから、空の種族とも言われている。


 『天人族アダマ』は『妖精族ルーナ』をしたがえ、『竜人族ドラン』は自然を愛した。

 その光景は――楽園のようだった――と語り継がれている。


 しかし、いつしか『天人族アダマ』はおごるようになってしまう。

 『妖精族ルーナ』や『精霊族ソリス』を奴隷のように使役し始めたのだ。


 一説には【白闇ノクス】にそそのかされたともされている。

 圧倒的な強さを持つ『天人族アダマ』。


 そんな彼らに『妖精族ルーナ』や『精霊族ソリス』は逆らうことが出来なかった。

 『天人族アダマ』は神々のために、世界を完璧な姿にしようとする。


 強き者が弱き者を支配する秩序ある世界だ。

 神々に一番愛されているは誰かを競う世界でもある。


 誰もが『自分こそ一番だ』と考えていた。互いに憎み、ねたみ、疑心暗鬼ぎしんあんきとなる。

 それが思い上がった考えだとも知らずに――



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  【みずの時代】

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 『天人族アダマ』は地上に建造物を構築する。

 神をあがめるための『高い塔』や『巨大な神殿』であった。


 誰もが神々の寵愛ちょうあいを求め、競い合った結果だ。

 しかし、それは逆に神々の怒りを買う結果となってしまう。


 花々が咲き乱れていた地上は荒れ果て、音楽の代わりに怨嗟えんさの声が響く。

 誰もが憎しみ合い、心がすさんだ世界。


 そもそも、神は地上に完璧など、求めてはいなかった。

 不完全である事こそが調和であり、美しいと感じていたのだ。


 『天人族アダマ』は神々から『世界の在り方をみだした存在』として、認識されてしまう。

 怒った神々は大洪水を起こし、地上のすべてを洗い流すことにした。


 そして生まれたのが、落ちた種族である『魔人族デモン』と『鱗人族メロウ』だ。

 『魔人族デモン』は『天人族アダマ』から落とされた者たちとされている。


 そこには一緒に落ちたとされる『妖精族ルーナ』たちも含まれていた。

 天使から堕天した悪魔を連想させるような存在だ。


 その姿も白き翼を持つモノから禍々まがまがしいモノへと変ってしまったという。

 また『天人族アダマ』の暴走に対し、なにもしようとしなかった『竜人族ドラン』。


 彼らは翼を失い『鱗人族メロウ』となった。

 人魚マーマン蜥蜴人リザードマンを連想するといいだろう。


 現代においても、他種族と関わる機会は少ないという。

 やがて水が引き、再び大地が姿を現す。


 かつては楽園とも思えた、花々が咲き乱れ、音楽にあふれた世界はもうない。

 昆虫や動植物たちが繁殖はんしょくするまでには、更に長い年月を要した。


 そして、地上が生物のめる環境を取り戻した時代――

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