第121話 砂漠の夜戦(3)


 案の定、ダークウルフたちは香辛料の付着した身体からだをオアシスで洗い流しに来たようだ。鼻やのどもヤラれている。


 今の奴らはカレーを食べた際に、飲料水を用意していなかった状態に近い。

 カレーは飲み物として訓練を受けてこなかったダークウルフの敗因だ。


 まあ、水を飲みたいと思うのは、生き物として当然だろう。

 ちなみに『カレーに合う飲み物』は――


(この際、置いておくとして……)


 油断しているのか、闇に同化する技能スキルは使用していないらしい。

 この場合『使えない』と考えるべきだろうか?


 月明かりに照らされた漆黒の身体からだが、夜目の利く俺にはハッキリと見えた。

 まずは数を確認する。


(7――いや、8頭か……)


 そのほとんどが手負ておいのようだ。

 足を引きるように歩いている個体もいる。


 俺としては手負いのけものを生かしておく事は出来ない。

 北海道でもヒグマによる被害が増えた年があった。


 日露戦争後に大量に余っていた旧式村田銃。

 それを猟銃として、安く一般に払い下げた事があった。


 結果『にわか猟師りょうし』が増えてしまったという。

 そんじにより、手負いのヒグマを大量に生み出してしまったようだ。


 その事が被害の増えた一因として考えられている。

 大正7年――ヒグマによる被害者は五〇〇〇人にもおよんだそうだ。


 一方でヒグマの捕獲頭数は大して増えていない事から、人災とも取ることができる。手負いのけものは凶暴で――


(人をおそう……)


 俺は『豊穣ほうじょうの杖』で作り出した草叢くさむらに身をひそめていた。

 奴らの鼻は利かないだろうが念のため、風下に場所を陣取る。


 油断しているダークウルフを確実に仕留めるため、まずは後方から吹き矢を放った。チクッとした程度の痛みだろう。


 だが、吹き矢にはジャイアントスコーピオンの毒が仕込まれている。

 そのため弱っている個体なら、放って置いても倒すことができるハズだ。


 連続で発射できる武器ではないため、全部とはいかない。

 だが、後方にいる4頭へ毒針を打ち込むことに成功する。


 吹き矢をたれたダークウルフたちは、周囲をキョロキョロと見回す。


(やはり、まだ鼻は利かないようだな……)


 俺は吹き矢を収納し『豊穣ほうじょうの杖』をかまえた。

 魔法を発動させるためだ。


 ダークウルフが水場へ近づいた瞬間〈ウォーターウォール〉を使用する。

 これで俺の位置がバレてしまうだろうが、仕方がない。


 本来は敵の攻撃を防ぐための『水の壁』を出現させる魔法なのだが、今回は直接ダークウルフたちを巻き込む。3頭ほど、水の中へと放り込む事に成功した。


 やはり、れの中にボスがいるようだ。


(1体だけ、逃がしたか……)


 おそらく、警戒心が一番強い個体がボスなのだろう。

 ガルルッ!――とうなった。警戒の合図なのだろうが、もう遅い。


 作業工程フローは完成している。

 『豊穣ほうじょうの杖』を収納し、得意の石での投擲とうてきに切り替えた。


 風下にひそんでいたのだが、魔法を使った事で位置がバレたようだ。

 身を隠す場所としても、ダークウルフたちは草叢くさむらあやしいとんだのだろう。


 向かってきた3頭の内、1頭を撃破する。

 頭に直撃したようで、頭部を破損した状態でり返ると動かなくなる。


 マズイ!――とんだのか、ボスは鳴き声で合図を送った。

 すると残りのダークウルフがジグザグに走行し始める。


 俺はその場から離れ、後ろ向きに退く。

 距離を取るためではなく、一旦さがってから前方へと移動するためだ。


 そうすることで技能スキルの効果が攻撃に作用する。

 同時に小石へと持ち替え、ぐように複数を投擲とうてきした。


 相手は毒を受けているので、上空へと逃げ――


(時間をかせいでも良かったのだが……)


 それではれのボスに逃げられる可能性がある。

 取りえず、向かってきた2頭のダークウルフに命中させ、動けなくした。


 致命傷ではないが放って置けば、毒が回って死ぬだろう。俺は再び『豊穣ほうじょうの杖』を装備すると、身体の向きを変えずに横方向へと走り出す。


 そして、杖の先から〈ウォーターボール〉を放ち、オアシスへと放り込む。

 大きくえがく形で、飛び出した水球。


 やはり、加速の効果は魔法にも有効らしい。

 その事が残りのダークウルフの動きを牽制けんせいする結果となった。


 ボスとおぼしき個体の進行方向を魔法がかすめたため、ダークウルフは慌てて逃げる方向を反転させる。


 また同時に大きな水飛沫しぶきを上げ、おぼれていた3頭のダークウルフが宙へと高く舞った。そのままオアシスへと落下したのだが、衝撃で気を失ったらしい。


 どの道、れた体毛に加えて、水を飲んでしまった様子だった。

 放って置いても呼吸が出来なくなり、動かなくなっただろう。


 一方でボスと、もう1頭の個体が逃げ出していた。

 だが、その1頭にはすでに毒針を打ち込んでいる。


 ボスの動きには付いていけないらしい。走る速度スピードは、すぐに落ちてヨロヨロと歩き出したかと思うと――バタンッ!――横に倒れた。


 残るはれのボスだが、香辛料爆弾のダメージが残っていたのだろう。

 水を飲めなかったのが敗因のようだ。


 これも途中で走るのをめた。

 せめて水を一口飲んでいれば、結果は違ったのかもしれない。


 そこでようやく、頭上へ移動していた俺に気が付いたようだ。

 しかし、もう遅い。


 俺は武器を竹槍へと持ち替えていた。

 後はダークウルフ目掛けて、投擲とうてきするだけだ。

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