第134話 精霊契約(1)


 『白闇ノクス』はいなくなったようだが、油断は出来ない。

 俺は念のため、周囲の様子を確認する事にした。


 〈スカイウォーク〉で都市の上空をグルリと旋回せんかいする。

 異常がないか見て回った後、都市の正門に広がる香草ハーブの草原へと着地した。


 攻めてきた魔物モンスターの軍団によって踏み荒らされてしまっているが、香草ハーブの持つ独特の香りが周囲にただよっていた。


 人体には害がないので、放って置いても大丈夫だろう。

 ミヒルは苦手なのか――俺の肩へと登り――鼻を押さえている。


 次に俺は、ほりの方へと視線を向ける。

 上空から確認した限りでは、ダークウルフもすべてってしまったワケではない。


 怪我けがをして動けない個体は、置いていかれたようだ。

 草原には、ほぼ虫の息といった感じのジャイアントスコーピオンも残っている。


 背中や尻に矢が刺さったまま、ヨロヨロと動くダークウルフ。

 あと一撃いちげきを加えられれば、倒すことが出来るだろう。


 だが手負いのため、近づくのは危険だ。

 俺はいつものように石を投擲とうてきして倒す。


 また同時に――ハルバートの練習がてら――ジャイアントスコーピオンも始末した。


 レベルが上がって、ステータスも向上しているため、日本に居た時よりも筋力が上がっている。


 片手で簡単に振り回す事は出来るが、やはり正確にあつかうのはむずかしい。

 武器を自在に扱うための技能スキルを習得すべきだろうか?


 れるまで、このまま魔物モンスターにトドメを刺して回ってもいいのだが――


(数が多いな……)


 俺とミヒルはすでにレベルが上限に達カンストしている。

 ダークウルフは最後の力を振りしぼるかのようにうなり声を発した。


 なにをしてくるつもりなのか分からない状態のため、近寄ちかよがたい。また、ジャイアントスコーピオンに関しては、抵抗する力も残ってはいないようだ。


 放って置いても、やがて消滅するだろう。

 だが、それでは経験値が勿体もったいい。


 レベルアップもねて――


(他の連中にトドメをお願いするか……)


 レベルが上がれば、その分、命を落とす危険も下がる。

 俺がそんな事を考えていると――ピコピコ――ミヒルの耳が動く。


 警戒しているようだが、魔物モンスターではないらしい。ミヒルの視線を追い、竹林の方へ視線を向けると砂煙を上げて、なにかが近づいてきていた。


 俺が目をらすと地走鳥ロックバードれが走ってくるのが見えた。

 一瞬いっしゅん、警戒するが――


(先頭にるのは……ミリアムだろうか?)


 白い地走鳥ロックバードなので、すぐに分かった。ミヒルを安心させるため、彼女の頭をでた後、俺の方からミリアムたちのもとへと近づく。


 蜥蜴人リザードマンたちには、状況に応じて援軍えんぐんに来てもらうように頼んでいた。

 離れた場所に隠れて待機していたのだろう。


 予想に反し、魔物モンスター撤退てったいしてしまったので――何事なにごとだ?――と気になり、様子を見に来たらしい。罠については教えてあったので、大丈夫なようだ。


 俺の接近に合わせ、地走鳥ロックバードは速度を落とすと静かに停止した。

 ミリアムが「いったい、なにがあった?」と言って地走鳥ロックバードから降りる。


 俺は『白闇ノクス』が一時撤退てったいしたむねを伝えた。


「恐らく、また明日には来るだろう」


 【終末の予言】がある限り『白闇ノクス』たちの方が優勢なようだ。

 本来は神々が地上の人間へ試練を与えるために残した詩篇しへんの一部らしい。


 それだけに一種の強制力があるらしく、予言の通りに世界が動くようだ。

 いつの間にか『白闇ノクス』たちにうばわれ、書きえられてしまっていた。


 まあ、異世界人である俺は――


(そのことわりとやらに『あらがう力を持っている』そうなのだが……)


「おお、流石さすがはユイトだな!」


 と大きく目を見開き、子供特有の尊敬そんけい眼差まなざしを向けてくるミリアム。

 後ろの蜥蜴人リザードマンたちも「流石さすがは救世主殿」などと言って、感心している。


 正直、そういう態度を取られる方が苦手だ。

 社畜時代が影響しているのだろう。


 められる時は、決まって面倒事を頼まれた。

 自然と心が拒否反応を示し、身体が強張こわばってしまうらしい。


 俺は「めてくれ」と言う代わりに、ひじげた状態で軽く手をげ、静かにするように合図をする。められるのはしょうに合わない。


丁度ちょうどよかった……」


 俺はそう告げた後、蜥蜴人リザードマンたちに魔物モンスター討伐とうばつを依頼した。

 彼らなら――弱っている周辺の魔物モンスターを――すんなり倒す事が出来るだろう。


「分かりました!」


 お任せください!――と返事をする蜥蜴人リザードマンたち。

 そんな彼らの反応とは裏腹に、ミリアムはなにか言いたそうにしている。


「どうした?」


 俺が問うと、彼女はモジモジと指を動かす。

 これはアレだ。オジサンには分からないヤツだ。


 うっかり「トイレか?」など言うと、怒られるのは間違いない。


「ニャー」


 とミヒルが俺の後ろから顔を出す。

 人見知りのため、大人しくしていたようだ。


(まあ、蜥蜴人リザードマン相手なら仕方がないか……)


 ミヒルにかぎった反応ではないだろう。

 彼らとの会話から、俺の方が立場が上だと判断したようだ。


 少しだけ安心したらしい。俺は馬車を改造した戦車に乗っているガハムへ視線を向けるが、首を左右に振られる。


 ミリアムがモジモジしている理由など「オレには分からん」という事なのだろう。

 一方で、


「わあっ♡」


 と嬉しそうな声を上げるミリアム。一目見てミヒルが気に入ったのだろう。

 そういう所は女の子のようだ。


 しかし、ミリアムが手を伸ばすと、ミヒルは引っ込んでしまった。

 俺の外套マントの中に隠れる。


 だいぶれたと思っていたが、まだ人見知りは治っていないようだ。

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