第72話 人間族の能力(2)


 〈ホーリーウォーク〉――歩いた場所を聖域とする技能スキル

 つまり条件を満たすことで一定時間、結界のようなモノを張れるらしい。


(神への信仰心が、その結界の強さに比例するのか……)


「はい、つまり私への『愛』です♡」


 とエーテリア。つまりねらいはソレか。

 てっきり『白闇ノクス』に対して有効な手段だと思ったのだが――


(どうやら、俺は『愛』をためされているらしい……)


 ある意味『白闇ノクス』なんかよりも厄介な相手である。

 習得しない――という選択肢は『逃げたこと』になるのだろう。


 『逃げるははじだが役に立つ』とは匈牙利ハンガリーことわざだった気がする。

 ずかしい逃げ方だったとしても『生き抜くことの方が大切』という意味らしい。


 自分の得意分野で戦え――と解釈するといいのだろうか?

 だが、ここで逃げると後々、面倒なことになるのは目に見えていた。


 今は浮かれているようだが『女心と秋の空』とは、よく言ったモノだ。

 同様の意味を持つことわざは世界各地にある。


 『女心は南風』(西班牙スペイン)。

 『風と女と運命は月のように変わる』(仏蘭西フランス)。


 まさに自然現象だ。

 それ以外にも、独逸ドイツでは『女の心は猫の目』というらしい。


 何処どこの国でも、女心は移ろいやすいモノのようだ。

 それは異世界でも、神様でも一緒だろう。


 ましてや、エーテリアとは今後も長い付き合いになる。

 社会人なら分かるだろうが、人生は積み重ねだ。


(ここは慎重に考えるべきかもしれない……)


 聞いた話によると『子供が生まれても、子育てを手伝わなかった場合』それが一生、禍根かこんを残すことになるそうだ。


「ハ? オマエ、子供と家にただけだろ? オレの飯は?」


 仕事で疲れてんだよ――などと言われた日には、夫婦の関係に亀裂が生じるだろう。昭和も後半になると、核家族世帯の割合が高くなった。


 熟年離婚が増加するのもうなずける。

 今は『イクメン』という言葉があるが、共働きが多い時代だ。


 協力するのは普通のことだろう。

 子供をいい大学へ行かせたいのであれば、年収1千万でもきびしい。


 子育て世代に消費税を直撃させて『子供・子育て支援』と言っているワケの分からない国も世界には存在するようだ。まさしく、異次元の政策である。


 近代以前の社会は――たくさん産んで、たくさん死ぬ――多産多死の世代再生産によって成り立っていた。子供を産むのは働き手でもあったからだ。


 先進国で少子化が起こるのは、子供に手を掛けるからだろう。

 確か、厚生労働省も『イクメンプロジェクト』を推進していた。


 子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のことを『イクメン』と定義しているらしいのだが、そう甘いモノではないようだ。


 他人が見ている時だけ、子供をあやすような自称イクメンもいるらしい。

 『イクメン気取りの夫』というヤツだ。


 家にる時はなにもしないクセに、家の外ではイクメンを演じる。

 例えば、外出した時だけ、子供をっこするらしい。


 休日、子供と出掛けた際、そういう目で見られそうなので、普通のお父さんたちには迷惑な話である。


 他にも『知人が家に来た時だけ、子供をあやすフリをする』『子供をお風呂に入れたことがないクセに「子供の面倒を見るのは大変ですよ」と語る』など、子育てをする自分に酔っているそうだ。


 当然、真実を知っている妻はイライラするだろう。少し考えれば分かるハズなのだが、そんなことをしていては、将来どうなるのか目に見えている。


「イクメンの旦那さんでうらやましいわ」


 とめられた日には、離婚の準備が始まりそうだ。


(どうやら、俺に断る選択肢はないらしい……)


 ここは考え方を変えることにしよう。

 現状、俺は魔法攻撃を使えない。


 敵に物理攻撃が効かない場合も、想定しておいた方が良さそうだ。

 いざという時にそなえて、習得しておくのは悪い選択ではない。


 問題は結界の力が弱かった時の言い訳だが――


(それは『その時』考えよう……)


 イクメンの意味も『育児と家事が出来て、高収入の男性』に変わったと聞く。

 たぶんソレは普通のサラリーマンだと無理だろう。


 相応の支援や制度が必要である。

 要するに、個人の力だけでは『どうにもならない事がある』という事だ。


 取りえず、今はエーテリアの提案にしたがうのが良いだろう。

 俺が〈ホーリーウォーク〉を習得するとエーテリアは、


「ウフフ♡」


 と嬉しそうに微笑ほほえむ。俺の『愛』を微塵みじんうたがってはいない顔だ。


(使うのが怖いな……)


 一方でミリアムは、どんどん先へと進んで行く。はぐれないように後をついて行くと、再び離れた場所から、こちらの様子をうかが地走鳥ロックバードと目が合った。


 最初に見た地走鳥ロックバードとは違い、逃げずに黙って、こちらを見ている。


(逆に不気味だ……)


 みょうな気配にはミリアムも気付いたようで、急に足取りが重くなったらしい。

 不意に立ち止まる。手には汗をいているようだった。


 急に不安になったようで――振り返り――俺へと向けた、その目は「どうしよう」とうったえている。十代の少女では、そんなモノだろう。


「先頭は俺が歩く」


 そう言って、俺は彼女の前に出た。道とは言えない道が続いていたが地走鳥ロックバードの足跡があったので、迷うことはなさそうだ。


「戻ってもいいぞ」


 とミリアムに伝えたのだが、フルフルと首を左右に振った。

 彼女としても、真相を確かめたいのだろう。


 付いてくる気のようだ。

 俺は少しの間、考えた後、彼女を仲間パーティーに加えることにした。

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