第78話 社畜の帰還(1)


 『白闇ノクス』はかつての名を『ナトゥム』といったらしい。

 真名を知ったことで、俺たちはナトゥムを指輪へ封印することに成功した。


 真偽しんぎほどは分からないが、悪魔召喚を行った際、真名を言い当てることで召喚した悪魔が『使役が可能になる』というのが悪魔召喚の定番だ。


 エーテリアは力を使い切るハズだったが――


(ナトゥムが俺の『眷属』ファミリアになるとはな……)


 逆に真名が分からなかった場合、召喚した悪魔に殺される場合もある。

 学生の頃、オカルトブームがあったので記憶に残っていた。


 確か日本では『七〇年代』と『九〇年代』に2回、ブームがあったハズだ。『日本が沈没する物語』や『大予言』と言えば、今の人たちにも通じるのだろうか?


 俺も漫画のネタ程度でしか知らないが、七〇年代には――ベントラ、ベントラ――と小学生が屋上で宇宙人を呼んでいたと聞く。


 今考えると、その光景の方がホラーだ。テレビでも『UFO』や『超能力』『UMA』がひっきりなしに放送されていたようだ。


 『ツチノコ』や『コックリさん』なら――


(今も動画で配信されているのだろうが……)


 人間の本質的な部分は今も変わらないらしい。問題は、当時の日本人は大人から子供まで『かなり本気だった』という点だろう。


 超能力による『スプーン曲げ』が流行はやっていたのも、この時代だったハズだ。

 都市伝説でお馴染なじみの『口裂くちさけ女』(の格好をした不審者)が出現して、実際に警察が動くなど、社会現象になっていた。


 九〇年代は、主に漫画が中心だった気がする。それまでは、おどろおどろしい感じだったが、人面犬や人面魚など最早ギャグの部類だろう。


 大予言による人類滅亡など、本気で信じていたのなら、学生が受験勉強などするハズもない。オカルトは人々の娯楽となっていた。


 『呪いのビデオテープ』の謎を追う物語ストーリーの映画も、あの時代ならではだ。


(いや、話がれてしまった……)


 俺の持つ――オカルトに対する――いい加減な概念を、この世界に持ち込んでしまった可能性がある。


 予想していたよりも簡単に、ナトゥムを指輪へ封印することに成功したが――


(少し複雑な気分だ……)


 素直に喜べないが、エーテリアが余力を残すことが出来たので『よし』としよう。

 力を使い切ってしまう予定だったが、地上へととどまることが出来た。


 これで『浄化の力』が使える。

 『竜殺花』クリムゾンカルネージの駆除が残っているので、作業を続けることが可能だ。


 いざという時に『浄化の力』が使えないと、大変なことになってしまう。


「これからはマスターのために、働きますデス」


 と指輪の中でナトゥムは調子のいい事を言い出す。

 今まで散々さんざん、この世界の人々を苦しめてきたというのに――


(どの口が言うのやら……)


 俺と契約したことで、言葉は流暢りゅうちょうになったようだが、すでに戦闘で力を使い果たしている。すぐに大人しくなった。


 このまま砂漠にでも捨てていきたい所だが、今は利用価値があるので保管しておこう。エーテリアの説明によると、行き場を失った神のようだ。


 推測するに『この世界の新たな神になろうとした』というのが、動機なのだろう。

 滅びた世界や必要とされなくなった神の成れの果て。


 それが『白闇ノクス』らしい。


(詳しい事は後々、聞き出すとしよう……)


 ミリアムとガハムも落ち着いたようだ。

 体調に不備はないか確認したが「大丈夫だ」と答える。


 封印の効果はあったようで『絶望の力』が外へとれ出すことはなかった。

 すべての『白闇ノクス』が、今回のように簡単に片付くといいのだが――


(そうはいかないか……)


 たまたま上手くいった――と考えた方がいいだろう。

 どうにも『白闇ノクス』には担当区域があり、指示にしたがって行動しているようだ。


 つまりは『親玉ボスが存在する』という事になる。

 そんなヤツの言う事を『真に受けるな!』と突っ込みたい所だが――


(ナトゥムもエーテリアと同様か……)


 人間である俺の常識は通用しないらしい。

 そんな俺の気苦労を察したのか、エーテリアは、いつものように微笑ほほえむと、


かつては『遊戯』や『娯楽』をつかさどる神だったのではないでしょうか?」


 と教えてくれる。なるほど『エンターテインメント』というワケか。

 通りでノリが軽いワケだ。


 そして、社畜とは相性が悪い。悲しい事に社畜は休日の過ごし方を知らなかった。

 パワハラやセクハラに耐える日々。忙しさで思考が停止する。


 今は40代の早期退職を勧めている企業もあるようだ。

 日本という国は、完全に氷河期世代を社会から抹消したいのかもしれない。


 映画や遊園地などを想像する気分ではなくなってしまった。

 よほどひどい顔をしていたのだろう。エーテリアは困った表情で、


「そこまで文明が発展してはいないと思いますよ……」


 精々せいぜい、民謡や地域舞踊といった所でしょうね――と補足する。

 盆踊りの神様とか、そういった感じのようだ。


 適当に祭りでも開けば、力が回復するのだろうか?


(いや、今は『竜殺花』クリムゾンカルネージの駆除が先だ……)

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