第77話 白闇との交渉


(さて、ここからは運まかせか……)


 正直なところ『白闇ノクス』が、どのような考えを持って行動しているのかは分からない。ただ世界を滅ぼしたいのとは、少し違うようだ。


 的確に人類を抹消まっしょうしようとしていた。

 神殿ばかりを狙っていたのも気になる。


 エーテリアも言っていたが、この世界から神々は興味を失くしつつあるようだ。

 まるで神々が『この世界から去ってしまうこと』それ自体が目的のような――


(その辺も聞き出したい所だが……)


 〈ホーリーウォーク〉の効果で、すっかり弱ってしまっている。身体のほとんどがはじけ飛んだようで、小さくなってしまった『白闇ノクス』は人型になっていた。


 勿論もちろん人間大にんげんだいの大きさではない。

 簡単に足でつぶす事ができそうな大きさだ。


 また人型といっても手には指がなく、腰から下には足も存在しない。

 フワフワと空中をただよう姿は、まるで幽霊のようだ。


 地球の生物でたとえるのであれば『クリオネ』に近い形状をしている。

 つぶして〈ホーリーウォーク〉を使えば終わりだろう。


 だが、優先すべきは情報を聞き出すことだ。

 今はエーテリアに頼み、正方形の結界の中に閉じ込めてもらっていた。


 これで逃げ出すことは出来ないだろう。

 一方でミリアムとガハムはおびえている。


 俺から2、3メートル離れた場所で、ガハムを盾にミリアムは隠れていた。

 確かに『白闇ノクス』の姿は可愛くはないが『気持ち悪い』という程でもない。


 これはなにかある――と考えた方がいいだろう。

 相変わらずの漆黒の身体からだに、白いなにかが体内を泳いでいる。


「おい、2人になにかしているのなら……」


 めろ――俺は静かに、だが強い口調で命令した。すると、


「ナニモ、シテナイデス、ハイ、イキモノ、ワレラ、ミル、ゼツボースル」


 『白闇ノクス』はみ手をするような仕草で、低姿勢のまま返答する。

 これでは、まるで俺がいじめているみたいだ。


(もっと邪悪な存在モノだと思っていたから、なんだか調子がくるうな……)


 まあ、会話は出来るようなので、そこは安心した。

 その分、だまされないようにしなくてはならない。


「絶望とはなんだ?」


 俺の問いに対し、


「ワレラ、コノセカイ、イブツデス、セカイ、キョゼツスル」


 と返答した。いまいち、伝わらないが答える気はあるらしい。

 人類を散々、追い詰めてきた割に、自分が消滅するのは怖いようだ。


 腹が立つというよりも、あきれてきた。


「つまり、異世界から来た存在であるお前たち――『白闇ノクス』――は、この世界の人間にとって、存在するだけで害悪ということか?」


 俺なりに会話の内容を要約ようやくしてみた。すると、


「アナタサマ、ワレ、ナゼヘイキ? ゼツボーシナイ? キョーフシナイ?」


 逆に質問されてしまう。

 どうやら、この世界の生き物では『白闇ノクス』に立ち向かうことが出来ないらしい。


 絶望や恐怖を感じ、今のミリアムやガハムのようになるのだろう。


りたい放題になるワケだ……)


 しかし、同時に――


(まるで俺に人の心がない『バケモノ』のように言ってくれるな……)


 失礼な相手である。たんに日本人はミサイルが飛んできても、ゾンビになったとしても、学校や会社に通う生き物なだけだ。


 アニメを見れば、夢と希望を人々に与える魔法少女も殺し合っている。

 二百年ほど前までは日本人同士、刀で斬り合っていた。


 今はSNSで総力を結集し、個人をたたく時代だろうか?

 異世界からの侵略者に対し、いちいち絶望などしていられない。


 生きる――ということは、絶望と隣り合わせなのだ。

 確かに怪我や病気で死ぬ確率は減った。


 そんなモノより、地震や増税の方が厄介である。

 技術力は海外に抜かれ、自殺する若者も多い。


 絶望は次から次へといてくる。

 俺の時代は、学校イジメ会社カロウシと常に隣り合わせで生きていた。


 生きながら心を殺してきたのだ。


「お前も日本人になれば分かる」


 ブラック校則やブラック部活、ブラックバイト、ブラック企業、ブラック大学病院、ブラック介護施設――子供からお年寄りまで、まさにブラック日本。


 今は『社畜』にちなんで『バ畜』という言葉もあるそうだ。

 弱い人間は食い物にされる。それだけの世界。


 もう少し話していたい所だが、ミリアムとガハム――の表情は分かりにくいか――は限界のようだ。俺は指輪を取り出す。


 リディエスの神殿で見付けたモノだ。


「エーテリア、これに『白闇ノクス』を封印することは出来るか?」


 俺はいつもそばに居てくれる女神様に質問する。

 彼女もまた、俺がどうするのかを試しているのだろう。


「出来ますが……」


 また、しばらる事ができなくなりますよ?――とエーテリア。

 どうやら【神器】を浄化した時と同様に、力を消費してしまうらしい。


 だが、このままではミリアムたちが持たないだろう。


「頼む」


 と一言。エーテリアは「分かりました」と了承する。

 両手を前に出し『白闇ノクス』を封印しようとしたが、


 俺は手で、それを制した。『白闇ノクス』がおびえている。

 なので少しだけ、手法を変えることにしよう。


「お前が俺に協力するのなら、願いをかなえてやる」


 言ってみろ?――と俺は告げた。これは後で知った話だが『白闇ノクス』がおびえていたのは女神エーテリアに対してではなかったらしい。


 虚無きょむひとみ――俺の持つ『社畜眼しゃちくがん』が怖かったのだという。


(まったく、失礼な話だ……)

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