第43話 砂漠の異変(1)


 俺たちが助けた女性――いや、少女の名前は『イスカ』といった。

 大人っぽく見えたが、年齢はまだ16だそうだ。


(まあ、今の俺が14くらいなので、大人といえば大人か……)


 栄養が足りていないのだろう。

 手足が細く、体重も軽い。


 南方から旅をしてきたらしく、彼女たちもまた『アレナリース』を目指していたようだ。俺たちが来たのは北東の方角なので――


(南方でも、スライムと同様の事件が起こっている……)


 そう考えて、間違いないだろう。『アレナリース』を目指し、旅をしている途中、彼女を含む一団は『巨大な魔物モンスターによる襲撃』を受けてしまった。


 逃げるのに必死で『仲間たちとははぐれてしまった』そうだ。

 彼女は子供たちの面倒を見ていて、馬車には小さな子供と数人で乗っていた。


 そのため、仲間たちの配慮はいりょにより優先して、逃がしてもらったので無事だったらしい。仲間との合流地点を目指していたのだが――


(合流する前に『ゴブリンたちにおそわれてしまった』というワケか……)


 一度は距離を取ることに成功したが――逃げ切ることは難しい――と判断したイスカ。彼女は子供たちを隠し、自分がおとりになったようだ。


 確かにデザートウルフは鼻が利く。見付かるのは時間の問題だっただろう。


「無事かしら……」


 子供たちのことを心配してか、イスカはし目がちに言葉をらす。

 としの近い弟がいるそうで、今はその少年が子供たちをひきいているようだ。


 心配で仕方がないのだろう。

 『早く戻りたい』と顔に書いてある。


 だが、先に『残りのゴブリンたちを始末した方がいい』というのが俺の考えだった。


 このまま子供たちのもとへ行って、ゴブリンの集団に襲われるようなことがあれば、一溜ひとたまりもない。


 子供たちを守りながら、連携のとれた複数の敵との戦いは、俺には無理だ。

 基本『逃げる』と『奇襲』を想定している。


 そのため、攻撃に使える強い『技能スキル』を習得していない。

 少なくとも、今の俺には、子供たちを守りながら戦う自信はなかった。


(『逃げる』のなら問題はないのだが……)


 それだと魔物モンスターを引き連れて、イスカの仲間のもとへと向かうことにもなりねない。俺は【ウォリアー】と【ナイト】の持つ『技能スキル』で使い勝手のいいモノを探す。


 馬車を引く二頭の巨鳥も酷使こくしされているのだろう。

 元気がないように見える。


 エサと水は与えたが、あの量ではどう考えても足りない。

 十分な休息も必要だろう。


 全力疾走させられるのは『あと一回』といった所のようだ。

 今は無理に走らせないことにした。


 また、イスカには回復薬ポーションを飲ませたとはいえ、まだ調子が悪い。

 荷台で休ませ、御者台には俺が代わりに乗って、馬車を操作していた。


 正直、馬車をあやつった経験などない。

 それでも、ぐ進めているのはエーテリアのお陰だろう。


 二頭の巨鳥は『俺の命令を聞く』というよりも、彼女がいるので、素直にしたがってくれているような気がする。


 女神というだけあって、動物をき付けるようななにかがあるのかもしれない。


(まあ、おどろいたのはそれよりも……)


 イスカには女神であるエーテリアの姿が見えるらしい。

 エーテリアが言うには、彼女には『巫女』としての資質があるようだ。


 しかし残念ながら、言葉までは聞こえなかった。資質はあっても、小さい頃からの環境が整っていないと、能力を発揮できないらしい。


 エーテリアのことは女神ではなく『大精霊様』と呼んでしたっている。

 まあ、女神がこんな場所に居るとは思わないだろう。


(いや、アラビアンな踊り子の衣装を着ている所為せいか?)


 本人も『精霊族ソリス』としてあつかって欲しいようなことを言っていた。

 俺は訂正しないことにする。


 確かに女神だと知られると、面倒なことになりそうだ。

 今は何処どこに敵がひそんでいるのか分からない。


 敵に対して『うそが通用する』とも思えないが『味方のフリをした敵をだます』には有効かもしれない。


 フランス革命期の軍人で、かの有名な英雄も言っていた。

 真に恐れるべきは『有能な敵』ではなく『無能な味方』である――と。


(まあ、モスクワ遠征の失敗を考えるに……)


 自分が無能でした――というオチのような気もする。

 かく、今は『人間族リーン』たちの状況も分からない。


 合流して、勢力図や目的など、情報を集めるのが先だろう。

 そのため、イスカにはエーテリアのこと黙っていてもらうようにお願いする。


 『人間族リーン』を率いている先導者リーダーが敵だった場合、目も当てられない。

 イスカは大人しく了承りょうしょうしてくれた。


 ただ『俺の言葉』というよりも『大精霊様の言葉』ということで、素直に聞いてくれているのだろう。なに釈然しゃくぜんとしないが――


(まあいいか……)


 最初は馬車を操るには、どうすればいいのか分からなかった俺だが、なんとなくれてきた。この分なら〈ハイウォーク〉の効果を上乗せ出来るだろう。


 一方でミヒルは巨鳥が怖いようだ。御者台の方へは近づこうとはしない。

 まあ、一口で丸呑みされそうなので、れるまでには時間が掛かるのだろう。


 スライムやゴブリンにおそわれているため、警戒心が強いようだ。

 まだ栄養も十分ではないため、体重も相当軽い。


 その分、初対面のイスカにはなついているので助かる。

 彼女も『子供の面倒を見ていた』と言っていたので、得意なのだろう。


 俺はミヒルにイスカと留守番をしているように言って、馬車を停める。

 御者台から降りると〈アイテムホルダー〉を整理した。


(多分、この辺だろうな……)

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