第97話 水不足(1)


 ミヒルの年齢であれば、一人で用を足すのは普通だろう。

 だが、俺と出会う前は病気だった。


 そのため、補助がなければ、一人で用を足すのはむずかしいようだ。

 出会った時の彼女は顔もただれ、みにくかった。


 真面まともな教育を受けていない事は想像にかたくない。

 年齢の割に身体からだも小さく、精神的にもおさないのは、それが理由だろう。


 ろくに言葉も話せなかったため、両親からは『捨てられた』と考えられる。

 少なくとも、ミヒルから両親や兄弟の話を聞いた事がない。


 余裕のない状況であれば、それも仕方のない事だ。


(ビジネスマンの損切そんぎりみたいで、好きではないが……)


 所詮、社畜である俺の考え方は、負け犬の考え方なのだろう。

 それに比べて、成功者の決断は早い。


 例えば、金メダリストの男子プロスケーター。

 彼も結婚してから一〇五日で離婚を発表した。


 決断したのは、もっと早かったハズだ。

 やはり成功するような人間は、凡人である俺とは考え方が違うらしい。


 一般人の離婚率と比べても、会社の社長になるような人物の離婚率は相当高いそうだ。まあ、彼らの場合は『仕事と結婚している』とも言えなくはない。


 そもそも日本の教育は、リーダーシップの育成に向いてはいないのだろう。

 負け犬と成功者の違いはその辺にありそうだ。


 また優秀だからといって、必ずしも成功するワケではない。

 例えば、外交官だろうか?


 外国との交渉や文化交流、情報分析や邦人保護活動を行う公務員だ。

 彼らもまた優秀な人間ではある。


 そんな日本の外交官だが、かつてのは『薄い』スマイリング居眠りスリーピング』『発言しないサイレント』の3Sなどと呼ばれていた。


 流石さすがに令和となった今は違うのだろう。だが、決断においては――他国がどうするのか?――それを調べるのが先という訓練を受けているらしく、対応が遅い。


(日本人のお手本みたいな存在だな……)


 ミヒルも女の子であるため、いくら心を許していても、男性である俺に補助されるのはずかしいようだ。モジモジとしている。


 それでも『トイレに一人で入るのは怖い』といったジレンマがあるようだ。

 素直に俺の言う事を聞いた。


(まあ、ミヒルの場合は知らない事が多いだけか……)


 これから、覚えていけばいいだろう。

 俺は彼女に布を渡し、またくように指示するとトイレに砂を掛けた。


 振り返るとミヒルはパンツを穿く途中だった。

 俺が穿かせなくても、一人で穿けるようになったらしい。


 彼女が差し出した布を受け取り「偉いぞ」とめた後、俺は〈ピュリファイ〉の魔法を使用する。本来は水を綺麗きれいにする程度の魔法だ。


 『豊穣ほうじょうの杖』を持っている所為せいか、本来の浄化作用よりも効果が強くなっている気がする。


 幾分いくぶん、トイレが綺麗になったようだ。アンモニア臭も消えた。

 これなら手を洗う必要もないだろう。そもそも水は貴重である。


 俺はミヒルをかかえると、トイレを後にした。


幕舎テントの配置の関係から、たがいに監視が出来るとはいえ……)


 どうにも不用心な気がしてならない。

 子供なら誘拐されそうだし、女性ならおそわれる危険もある。


 いや、無防備になるため、敵意のある存在に対しては男でも危険だろう。

 トイレに行く時は「誰かと一緒に行くように」とミヒルに教えておく。


「分かったニャ♪」


 とミヒル。出すモノを出して、スッキリしたのだろう。

 俺としても〈ピュリファイ〉が思った以上に使えることが分かったので満足だ。


 エーテリアに浄化を頼んだ場合、り過ぎてしまうきらいがある。

 今回のような事態には、俺が浄化魔法を使う方がいいだろう。


 しばらくの間は、定期的に浄化して回った方がいいのかもしれない。


(後で効率のいい方法を考えるか……)


 さて、次はいよいよ『水の確保』だ。

 毎回オアシスへ水をみに行っていたのでは魔物モンスター遭遇そうぐうする危険がある。


 普通に考えるのなら、井戸などの貯水施設が必要だろう。

 しかし、現状は『都市があった場所に砂が積もっている』という状況だ。


 水のある地層へ辿たどり着くためには、深く穴を掘らなければならない。

 俺が〈ワープ〉を使用してオアシスまで行けば、あっという間なのだが――


(他にもらなければならない事がある……)


 井戸をるのはむずしいとしても、神殿に貯水槽くらいはあるハズだ。

 でなければ、植物が育てられていた事に説明がつかない。


 もう、隠しておく必要もないので〈スカイウォーク〉で街の中央にある神殿まで一気に飛ぶ。


 ミヒルが落ちないか心配だったが――言わなくても――しっかりと俺にしがみ付いていた。高い所も平気なようだ。


 丁度、神殿の真上に来ると『勝ち抜き戦バトルロイヤル』を行った舞台ステージの掃除をしている見習い神官たちの姿が見えた。


 上層部はまだ、会議をしているのだろう。

 俺が【神器】を手にした事で状況が随分ずいぶんと変わった。


 魔物モンスター軍勢ぐんぜいに勝てる可能性が出てきたのだ。

 本来は逃げる予定であった者たちを説得しているのだろう。


 少なくとも戦う意思のある老戦士が区画エリアに『戻ってきていなかった』という事は――戦う方向へと人心を動かそうとしている――と見ていい。


 現状、食糧問題が解決した事で、住民は本来の目的を取り戻しつつある。

 そんな状況で上の人間だけが逃げ出すワケにも行かない。


 だが、戦う度胸もないため、結論からいえば『答えの引き延ばし』をするしかないのだろう。つまり交戦派と逃亡派による綱引きの状態だ。


 会議については――


(もう少し時間が掛かりそうだな……)

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