第90話 猫散歩(3)


「しっかりとつかまっているんだぞ」


 俺が告げると、


「分かったニャ!」


 とミヒル。そう言って『ギュッ!』としがみ付く。俺は〈スカイウォーク〉と〈キャットウォーク〉を使用し、跳躍ジャンプをしながら素早く、壁の上へと移動した。


 〈ワイドウォーク〉を使って壁を走る方法でも良かったのだが、新しく覚えた技能スキルためすにはいい機会だ。


 想像していた以上に身体からだが軽い。これが〈キャットウォーク〉の効果らしい。

 ミヒルではないが、これなら簡単にバク転も出来るだろう。


魔物モンスターとの戦闘でも使えるな……)


 今までは上空からの奇襲きしゅうや、素早い動きで相手の注意を分散させていた。

 そこに下からの動きが加わることで、戦術の幅が広がる。


 より動きが『立体的になった』といっても過言ではない。


 ――社畜してやる! この世から……一匹残らず!


 そんな台詞セリフを使った人気作品もあったような気がする。

 魔物モンスター占領せんりょうされてしまった街『オルガラント』。


 そこで見た巨人たちとも、この機動力なら戦うことが出来るだろう。

 俺は壁の内側に見張りが居ないことを確認すると飛び降りた。


 落下の際〈スカイウォーク〉を使って、着地の衝撃しょうげきやわらげる。

 人目を忍ぶことから、まるで気分は忍者だ。


 思わず『シュタッ!』と効果音を口遊くちずさみそうになった。


(遊んでいる場合じゃないな……)


 俺は再度、周囲を警戒けいかいする。

 古い――と言ってしまえば、それまでだが歴史を感じる石造りの神殿。


 蜥蜴人リザードマンたちの遺跡とは違い、目を楽しませるための細工もある。

 そのため、芸術作品のようにも感じられた。


 神殿の在り方としては、人々との『交流の場』というよりも『権力を示す場』としての意味合いが強いようだ。元は王都だった場所だ。


 上流階級の人間との結びつきの方が強かったのだろう。

 通路は広くないが、柱や植物で死角しかくになっている場所が多い。


 都合がいいことに身を隠して進むには、もってこいだ。

 俺は背中にしがみ付いているミヒルの頭をでると、


「もういいぞ」


 ここらからは静かにな――そう言って、口元に人差し指を立てた。

 ミヒルは開きかけた口を片手で押さえると、コクリとうなずく。


 一先ひとまず木の陰に隠れた俺たちは周囲の様子をうかがった。神殿の中には緑があり――食用が目的というよりも――目を楽しませるねらいがあるようだ。


 位置的には、俺たちのいる場所は上からは丸見えのハズだ。

 しかし、人が出て来る様子はなかった。


 本来なら、すぐに見付かってもおかしくはない。


(植物が隠れみのになってくれたのだろうか?)


 いや、恐らく――警備のための人員が少ないようだ。

 人手不足は深刻らしい。魔物モンスターとの戦いを考えると不安になってしまう。


 だが、今はその状況が味方してくれている。

 念のため、いつでも逃げられるように少しの間、俺はその場で待機してみた。


 だが、一向に人が近づいてくる気配はない。

 このまま植物の陰に隠れながら進むか、せまい廊下を高速で移動するか――


(悩む所ではあるが……)


「いや、普通に歩くか」


 俺はミヒルを地面に降ろすと、手をつないで歩く事にした。

 挙動不審な動きをしていては、逆にあやしまれてしまう。


 ここは堂々と歩いて「道に迷いました」と言えば、なんとかなりそうな気がする。

 取りえず、入口のあった場所とは反対方向へ歩いてみることにした。


 たぶん中央にカムディの言っていた広場があるのだろう。

 そこが今回の『勝ち抜き戦バトルロイヤル』の舞台ステージとなるらしい。


 街が砂にもれていたことから、ここは本来、高台にあったと推測できる。

 えらい連中は暑い地上よりも、涼しい地下に居そうだ。


 中央を目指し、せまい廊下を進むと――入口のあった場所から真っ直ぐに伸びた――広い通路へ出る。何人なんにんかの人間とはれ違った。


 だが、イスカがやっていた祈りの姿勢ポーズ真似まねして誤魔化す。

 ミヒルも俺の真似まねをした。


 雑務のために入った子供だと思ったのだろう。汚い物を見るような視線を向けられたりもしたが、特に声を掛けられることはなかった。


 余裕がなく、ピリピリとした空気だけは伝わったので、他人を気に掛ける余裕がないのだろう。子供には構っていられないらしい。


 この姿も、たまには役に立つようだ。

 広い通路をそのままぐに進むと大きな扉があった。


 どうやら、一度外へ出るらしい。

 一旦、柱のかげに隠れ、人気ひとけが無くなるのを待つ。


 神殿ということで、信仰心が高い神官が多いのかと思っていたが、エーテリアの姿は誰も認識できないようだ。


 ミヒルに関しては、何処どこか楽しそうにしている。

 子供である彼女にとっては遊びの一環いっかんらしい。


(まあ、退屈にされるよりはいいか……)


 そして、俺は扉を開ける。すると広い場所へと出た。

 やはり屋根はなく、石で出来た大きな舞台ステージが中央にある。


 本来は儀式などで使う場所なのだろう。観客席というワケではないが、舞台ステージを取り囲むように人が集まる通路が用意されていた。


 プロレスのリングのような場所を想定していたのだが――


(想像していたよりも、かなり広いな……)


 屋根のない体育館といった所だろうか?

 どうやら、ここで『勝ち抜き戦バトルロイヤル』をするらしい。


 掃除をしている2人の男性が居たので聞いてみたが、間違いないようだ。

 選手が舞台ステージの上に一斉に立ち、落ちた者が敗者となる。


 最後まで残った者が勝ちのようだ。

 一般人は立ち見で、偉い人間は建物内の窓から見学するらしい。


 確かに、舞台ステージを囲むように窓が配置されている。

 広さと場所が分かったので、俺は2人に礼を言って、その場を後にした。


流石さすがに、これ以上は怪しまれるだろう……)

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