第45話 人間族との邂逅(1)


 完全にトドメを刺したワケではない。

 だが、ゴブリンたちは戦闘不能となっている。


勿体もったいない気もするが……)


 レベルの上がった今の俺には――無理に殺しても――経験値や戦利ドロップ品に魅力を感じない。俺は素早く、その場から逃げた。


 ビジネスでも損得勘定は大事だ。

 営業は、お金にならない仕事をとってくる。


 今後も仕事を回してもらえるようにと、付き合いを考えてのことだろうが、苦労するのは品質と納期を守らなければならない現場だ。


 オレたちが仕事をとってきているから、もうかっているんだ――と豪語する営業。

 真面まともな仕事をとってこられないのか――と辟易へきえきする現場。


 放って置くと――お金にならない事をしている事務職、不要といわれる広報部、無能な管理職――次第に部署同士で険悪な感じになっていく。


 当然、人的損失や情報漏洩ろうえいなどにつながる。ブランドイメージの毀損きそん勿論もちろん、辞めた人間がライバル企業に移れば、更に収入は減少だ。


 強そうな魔物モンスターが出たのなら逃げる。

 損失を最小限にとどめるリスク管理は、企業の未来を守る上でも重要な管理手法だ。


(まあ、単純にミヒルとイスカのことが心配だっただけなのだが……)


 俺は全速力で馬車へと戻る。巨鳥たちも警戒しているようだ。

 羽を広げたり、足踏あしぶみをしたりして落ち着かない様子を見せていた。


 リズムよく御者台へ飛び乗ると、


「すぐに、この場を離れるぞ」


 と言って、馬車を動かす。揺れが大きくなっている。

 地震を経験したことがないのか、ミヒルが、


「ニャアッ!」


 と俺に飛付とびついてきた。小さな身体でふるえている。

 おびえているようだ。


 ただ、痛いので爪を立てないで欲しい。


「例の魔物モンスターです!」


 とイスカ。御者台へと身を乗り出す。

 砂の中から、彼女たち一行をおそったという巨大な魔物モンスターが出現する。


 その時には、俺たちは数百メートル離れた場所にいた。

 巨鳥たちに全力疾走させたワケではない。


 俺の持つ『技能スキル』〈ハイウォーク〉の効果によって、馬車の速度スピードが上がっていたからだ。時速60Km以上は出ていただろう。


 騎乗時に効果があるのは分かっていたが、俺が投げたモノや乗っているモノにも効果をおよぼすらしい。


 向かい風はキツイが仕方ない。

 今は魔物モンスターから距離を取ることの方が優先事項だ。


 突き抜けるような青い空に、大量の砂が舞う。

 灼熱しゃくねつの砂漠で巨大ななにかがうごめいていた。


 正直、魔物モンスターの正体は予想がつく。

 砂漠で地中を移動する巨大な魔物モンスターと言えば――


「サンドワームです」


 とエーテリアが教えてくれる。

 物語によって姿形はまちまちだが、この世界では蛇のような存在だ。


 まれに人間を丸呑まるのみに出来る程の巨大なサイズのモノもいるようだが、それでも15、6mといった所だろう。確か地球では――


(体長10mのアナコンダが見つかっていたな……)


 水中に棲息せいそくし、ワニを食べるらしい。今回、出現したサンドワームは状況タイミングと場所から考えて、ゴブリンが主食のようだ。


(いや、正確には魔結晶が狙いか……)


 地中に棲息するため、目は見えないだろうから、音と魔力で獲物を探すのだろう。

 今回は戦いの音が振動となって、地中へ伝わったらしい。


 俺としては獲物をさらわれた形になったが、今はあきらめよう。

 なにせ相手は巨大だ。


 魔結晶を多く取り込んだ所為せいで、優に30mはあるのではないだろうか?

 相手が大きすぎるので、スライム同様に倒すためには作戦が必要となる。


 現状、戦ってみないと分からないが、無策で戦うには危険な相手だ。

 それに今の俺の攻撃力では決め手に欠ける。


 ある程度ダメージを与えても、地中に逃げられたのでは意味がない。

 害獣駆除の基本は、相手の習性を知ることにある。


 特殊個体というよりも、改造された異常個体と考えるべきだろう。手当り次第に周囲の動植物を捕食していたスライムとは違い、優先順位を決める頭はあるようだ。


 下手に戦いをいどんだのでなければ、イスカの仲間たちが生きている可能性は十分にある。恐らくは、周囲にゴブリンたちがひそんでいたのだろう。


 彼女の話では『おそわれた』と言っていたが、サンドワームは砂の中に隠れていたゴブリンを『おそった』と考えられる。


 スライムの時とは違い、偏食グルメなようだ。その証拠に、逃げる俺たちを追い掛けようとはせず、ゴブリンたちを食べるのに夢中になっている。


 同時にその事から、ゴブリンたちが街へ来た理由も分かった。

 あのサンドワームに追い立てられたのだ。


 ゴブリンたちは砂漠にめなくなり、リディエスの街へ逃げてきた――


(だが、そこでもスライムのえさになるとはな……)


 弱い魔物モンスターは利用される運命さだめにあるらしい。

 この構造は日本でも、異世界でも変わらないようだ。


 違いがあるとするのなら『人間は社会的動物』という事だろうか?

 だからこそ、人は社会を維持いじしなくてはならない。


 しかし、それがいつからか「強くなる必要がある」「社会で活躍すべき」「会社で昇進する」などと、追い込まれていってしまう。


 やがて「人気者になりたい」「権力が欲しい」「尊敬されたい」という気持ちが強なる。他者から理解を得ることや、相手に共感をすることで道が開けるだろう。


 だが、それをショートカットしたいと考える連中もいるようだ。

 国民の声を聴かず、権力にしがみ付く人間に心当たりはないだろうか?


 上手くいかないことに苛立いらだち、攻撃的になって、ひどい言葉をき、暴力を振るう人間。他者に過剰なリスペクトを求める人間。


 大切なのは他人との対話だ。

 それを忘れた時、人間もまた魔物モンスターになる。

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