第39話 旅立ちの準備(1)


 さて、問題が解決したとはいえ、すべての『黒い水』が消えたワケではない。

 水が浄化されるまでには、時間が掛かりそうだ。


 俺は一旦、神殿を出ることにした。

 明かりの動力源エネルギーとして利用した魔結晶の回収も忘れない。


 街に流れている川の水をんで、エーテリアに浄化してもらう手もあったのだが、煮沸しゃふつ消毒するのは『面倒だ』と思っていた所だ。


 綺麗きれいな水を手に入れる目途めどが立ったので『次はどうやって運ぶのか?』となる。

 砂漠にある街へ行くためにも、水を入れるための容器や革袋を探してこよう。


(これで街の周辺に植えられた『結界草バリアリーフ』も復活するといいが……)


 俺たちはまだ探索していない産業地区エリアへと移動した。

 街の人々が使う日用品などの生産や加工をしていた場所のようだ。


 戦う気はなかったのだが、魔物モンスターとも遭遇そうぐうしてしまった。

 相手はゴブリンとウルフだ。相変わらず、せこけている。


 レベルが上がったので、流石さすがに敵ではない。

 定石じょうせき通り、上からの奇襲を仕掛けることで、難なく退治する。


(そういえば、犬に『ネギ』や『ブドウ』を食べさせるのは危険だったな……)


 魔物モンスターも同じだろうか? 今度、機会があれば実験してみよう。

 デザートウルフの死骸しがいが消失していくのをながめがら、俺はそんな事を考えた。


 ともあれ、これでゆっくりと探索する事が出来る。

 工具や裁縫さいほう道具、調理器具や小物入れを入手する事に成功した。


 後は『ヌイグルミ』や『ボール』『寝具』を見付けたので、ミヒル用に回収しておく。


 『絵本』があれば、寝る前に彼女へ『読み聞かせ』をすることが出来たのかもしれない。


 だが、紙の本はまだ貴重なようだ。

 神殿で書物を見付けることが出来たのは幸運だったのだろう。


 10世紀頃には中東やアフリカに製紙工場が出来て、パピルスに代わって普及していたと思うのだが、この世界の『人間族リーン』からは【根源】が失われている。


 鉄を利用したのが『人間族リーン』だとして、俺の居た世界で考えるのなら、紀元前の出来事だ。こちらも同じ位の年月がっていると考えるのなら――


(どうやら、文明の発展が遅れているらしい……)


 この分では活版印刷も主流ではなさそうだ。外敵である【白闇ノクス】と魔物モンスターの発生が人間の武器である『移動』と『交流』を阻害してしまった。


 原因はソレだろう。確かに異なる文化や宗教が交われば、戦争の火種にもなる。

 だが、そもそも人間同士は同じ人種でも『仲がいい』とは限らない。


 犯罪者もいれば、他人を支配しようと考える人間もいる。

 様々な趣味嗜好を持ち、考え方もバラバラだ。


 しかし、二本の手を器用に使い、言語を介して意思の疎通を行う。旅やコミュニケーションに対して『特化している動物』と考えることも出来るのではないだろうか?


 そう考えた場合、『職能クラス』【バランサー】の『スタイル』に〈トラベラー〉が存在するのもうなずける。


 けれど今は、その長所が発揮できない状況に追い込まれていた。


(相手は人間という生き物を知っている……)


 更に産業区域エリアを探索した結果、菜園用の道具を発見した。くわかまだ。

 家庭菜園程度だが、つちいじりをしていた身としては放って置けない。


 仕方なく〈アイテムボックス〉のレベルを上げ、収納できる容量を増やした。

 先程のゴブリンたちは食糧を優先して探していたので、無視されたのだろう。


 必要以上に荒らされた形跡はなく、植木鉢なども無事だったので回収する。


なにかの役に立つといいのだが……)


 最初の内は物珍しさからか、ミヒルも興味津々といった様子だったのだが、すぐきたらしい。


 俺は昼食をとることにする――とはいっても、あるのはかたいパンと干し肉だ。

 口の中の水分を持っていかれてしまうので、水は必須だった。


 水を一口含んでから唾液だえきめ、少しずつパンをかじる。

 干し肉はナイフで小さくぎ落してから口へと運んだ。


 昼食をとった後は、ゴブリン同様、俺たちも食糧を探すことにした。

 砂漠へ行く前に一度、港へ寄ってみるべきだろうか?


 いや、農具があったということは、どこかに庭園があるかもしれない。中身が持ち出された可能性の高い食糧庫を探すよりも、畑を探す方が良だそうだ。


 しかし、あちこち連れ回したので、ミヒルは疲れたらしい。

 眠たそうにしていた。俺は適当な家屋へ入ると昼寝をさせる。


 今の内に、手に入れた裁縫道具で彼女の服を加工しておく。

 耳と尻尾があるので、少し細工さいくが必要だ。


 そんな事をしていると時間がち、エーテリアも復活したらしい。


さびしい想いさせてしまって、申し訳ありません♡」


 と突然、姿を現わす。寂しかったのはエーテリアの方ではないのだろうか?

 そんな返しをしそうになったのだが――


「お帰り」


 と微笑ほほえむだけにした。

 どうせ『女神の神殿』で、俺の様子を監視していたに違いない。


「丁度良かった」


 と俺は彼女に、自分の考え聞いてもらう事にする。

 構いません♪――と嬉しそうにするエーテリアに対し、


「どうやら、敵は用心深いらしい――」


 そう言った後、俺はミヒルを一瞥いちべつした。

 寝る子は育つ――どうやら、まだ眠っているようだ。


 裁縫道具を片付けながら、続きを語る。

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