第38話 地下水路(2)


 壁沿かべぞいにともる明かりの色は、青に近い緑といった所だろうか?

 暗闇の中、青い光は『目に悪い』という認識だったが、痛みは感じなかった。


 仕事での深夜残業の帰り、工事現場の近くを通った際、青灯の光で目に刺すような痛みを感じた事を思い出す。


 魔力による明かりなので、実際の光とは性質が違うのかもしれない。

 潜水艦では昼と夜で、白灯と赤灯に切り替えると聞く。


 赤い光の方が暗順応の時間も短くて済むそうだ。

 確かに、いざという時『目がれるまで待つ』というワケにも行かない。


 それにしても、下の方は暗い――いや『黒い』というべきだろうか?

 恐らく、まった瘴気しょうきが原因だと思われる。


(この分だと、暗視はあまり役に立たないかもな……)


 流石さすがに通路がせまいので、ミヒルには自分で歩いてもらう事にした。

 今までは病気だったため、室内以外で歩いた経験がないのだろうか?


(動きがぎこちない……)


 散歩に連れていってもらった事のない犬も、こんな感じなのだろう。ドッグランに連れて行っても、走り回ることはなく、どうしていいか分からずに戸惑うそうだ。


 他の犬とのコミュニケーションの場でもあるようで『犬見知り』と知り合いが話していたのを思い出す。ミヒルの場合は、歩くのにれていないのが理由だろう。


 上手く身体からだを使えないらしい。


「ンショ、ンショ」


 掛け声と一緒にミヒルは一段ずつ、一生懸命に下りる。

 余程、俺から離れたくないのだろう。置いて行かれないように必死だ。


 俺はそんな彼女の手を取り、ゆっくりと進むことにした。

 最初はせまかった階段だが、下へ進むほど、幅が広がってゆく。


(一度に大勢が通れないようにする『仕組み』なのだろうか?)


 水の音が聞こえることから、外に通じている可能性がある。その一方で――恐る恐る—―といった様子のミヒルだったが、次第にコツをつかんだようだ。


 一定のリズムで歩き出す。


すごいぞ」


 と俺がめる。すると嬉しかったのか、笑顔を浮かべた。

 だが、すぐに「クチャイ!」と顔をしかめる。


 瘴気を鼻から吸ってしまったらしい。

 やはり、においの原因は下からで間違いなささそうだ。


 視界も悪いため、俺は警戒しながら、ゆっくりと進む。

 今のところ、魔物モンスターの気配は感じられない。


 てっきり、スライムの生き残りがて『天井から降ってくる』と思っていたのだが、拍子ひょうしけだ。


 視界の悪さもあり、時間は掛かったが、ようやく地下へと到着する。

 岩肌がき出しだったが、人の手によって整備された空間が広がっていた。


(床には石畳いしだたみかれ、かべも垂直……)


 先程から水の音が聞こえていたので、地下水路で間違いないようだ。

 途切れる事のない川のせせらぎ。


 音の方へ近づくと水路があり、水が流れていた。

 ただ、その水は黒くにごっている。


 においの原因は水だったらしい。

 あまりのくささに『獣人族アニマ』であるミヒルはマスクの上から鼻を押さえた。


(水中から魔物モンスターが出てくる……)


 という事はなさそうだ。落ちると危ないので一旦、後ろへと下がる。

 瘴気がまっている所為せいで、黒い霧が立ち込め、視界が悪い。


 ミヒルに目を閉じているように指示し、俺はエーテリアに浄化を頼む。

 彼女はうなずくと、祈るように手を組み合わせた。


 エーテリアを中心に白く淡い光が広がると、瘴気の霧が晴れる。

 同時に噴水ふんすいのような形状の装置を見付けた。


 どうにも、そこから黒い水があふれ出ているようだ。

 俺はミヒルに目を開けるように告げると――彼女を背負い—―装置へと近づく。


 丁度、水路の中央に位置し――そこだけ、円を描くような――幅の広い造りになっていた。俺は〈ワイドウォーク〉の効果で、水の上も歩くことが出来る。


 そのまま、黒い水の上を進んだ。装置の中央――そのいただき――に『黒い宝珠オーブ』があり、瘴気の水を滾々こんこんと生み出していた。


(破壊すべきだろうか?)


 俺が武器を構えると、


「どうやら『神器』がけがされていたようですね」


 とエーテリア。彼女の話によると『ダンジョン・コア』の一種らしい。

 このまま放置しておくと、街全体がダンジョンへと作り替えられてしまう。


 そんな指摘を受ける。

 だが、それよりも〈ワイドウォーク〉の効果が切れそうだ。


 俺は一旦、岸へと戻った。

 本来は街の水を浄化するための装置として使われていたのだろう。


 エーテリアの力で浄化することは可能だが、それなりの力を使用するため『数時間ほど、彼女は出現できなくなる』という事だった。


(まあ、このままにもしては置けない……)


 俺は浄化を頼んだ。


「そう言うと思っていました♪」


 とエーテリア。彼女はフワリと浮遊し『黒い宝珠オーブ』へ近づくと両手をかざした。

 そして、浄化の光を放つ。


 光に包まれた瞬間、宝珠オーブから黒い色が、まるで卵のからがれるかのように消滅していった。けがれが払われたのだろう。


 『黒い宝珠オーブ』は『清水せいすい宝珠オーブ』となり、澄んだ水を生み出している。

 しかし、気が付いた時にはエーテリアの姿が消えていた。


 今から数時間は、彼女が姿を見せることはないのだろう。

 念のため、名前を呼んでみたが返事はない。回復役がいないので――


怪我けがには、気を付けた方がいいな……)

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