第40話 旅立ちの準備(2)


「スライムがおとりだった可能性がある――」


 この世界の終わりをしめす【終末の予言】。

 その一節には砂漠の都市が魔物モンスターの襲撃を受ける記述があった。


 恐らく【白闇ノクス】はそれを逆手さかてに取り、隠れみのにしたのだろう。

 街をダンジョンへ作り替えることが『本来の目的』だったのかもしれない。


 瘴気しょうきの水により、動植物が育たなくなれば、周辺は『死の大地』となる。

 交易都市『リディエス』がなくなれば、砂漠を越えることも出来ないだろう。


 行動の速さと状況タイミングからいっても、女神が異世界から救世主となる人物を連れてくる事は予想していたハズだ。


 通常なら、あの巨大なスライムを発見し『スライムを倒せば終わりだ』となっただろう。だが、街は無人だ。


 レベルの低い状態で、あの『巨大なスライムを倒そう』とは考えない。

 それに無人の街よりも、まだ人が住んでいる砂漠の街を優先する必要がある。


 普通であれば――倒すのはあきらめて――次の街を目指す場面だ。

 【終末の予言】がある限り、優先すべきは砂漠の街に決まっている。


 結果、この街はダンジョンと化す。

 交易都市である『リディエス』は迷宮都市へと変貌へんぼうしてしまう。


 周囲の異変に気が付いた時には『すでに手遅れ』というワケだ。


(『結界草バリアリーフ』の存在を気に掛けず、あのまま街をっていたら……)


 迷宮都市リディエスが完成し、人類の生存領域は更にせまくなっていただろう。

 少なくとも大陸は北と南に分断されてしまったハズだ。


 人々は最後の審判をむかえることなく、ほろんでしまっていたかもしれない。


(想定していた以上にシビアな状況が続くな……)


 たとえ砂漠の街を守れたとしても――交易都市となっている――ここら一帯が不毛の地となれば『【終末の予言】の通りに事が起こった』とも、取る事が出来る。


 このぶんなら、他の都市でも同様の事態が発生しているかもしれない。

 まずは情報が必要だ。


 人々の間でネットワークを構築し、互いに敵からの攻撃に備える必要がある。

 問題は――


(それを俺がやらなければ、ならないのだろうか?)


 エーテリアは相変わらず、のほほんとしていた。

 なにも考えていない――というよりも、社畜である俺に期待しているのだろう。


 まあ、彼女と恋仲になってしまった以上、俺には断る選択肢がない。

 だが、世界を救うためには実績が必要だ。


 会社と同じで、実績のない俺がいくら声高にさけんだとしても、人々は意見を聞き入れてはくれない。その実績を積むには――


(砂漠の街を救う以外に方法はないか……)


 大事の前の小事――この場合は『大事を成しげるためには、小事にも油断してはならない』といういましめの方の意味になる。


 準備を整え、一刻も早く砂漠の街へ向けて出発しよう。

 ミヒルを起こし、俺たちは再び、神殿の地下へと向かった。


 『清水せいすい宝珠オーブ』から湧き出る浄化された水の効果により、水路もすっかり綺麗きれいになっていた。この分なら『結界草バリアリーフ』も元に戻るだろう。


 まずはエーテリアに先程見付けた『ガラス瓶』や『水瓶みずがめ』、水筒代わりの『獣の皮の袋』を浄化してもらう。皮は恐らく、膀胱ぼうこうだろう。


 水を入れるのにてきしていたと聞く。

 また、日本とは違って『綺麗な水を手に入れるのは難しい』と予想できた。


 中世のヨーロッパでは、水の代わりに庶民は『エール』や『ワイン』、牛や山羊の『乳』、『果実の汁』などを飲んでいたらしい。


 出来るだけ、水は持っていった方がいいだろう。本来なら、この『神器』ごと持って行きたい所だが、街の復興を考えるのなら、このままにしておいた方がいい。


 ただ、流石さすがに水をみ終えるまでには時間が掛かりそうだ。

 水が入る形で一晩放置して、また明日、取りにくる事にする。


(さて、夕飯にしたい所だが、陽が沈むにはまだ時間があるな……)


 ミヒルも昼寝をしたので元気だろう。

 魔物モンスターを探して狩ってもいいが、それはそれで面倒だ。


 俺は高級住宅地と思われる場所へ行くことにした。

 居住区にあるのだが、立地もいいようで、高いへいに囲われている家が多い。


 ゴブリンやウルフでは塀を上る事が出来なかったようだ。

 侵入をあきらめたのか、周辺に魔物モンスターの姿は見当たらなかった。


 俺はミヒルを背負って、へいの側面を走る。庭付きの家が多いようなので『果実や野菜が残っているかもしれない』と考えたからだ。


 案の定、木や草花が植えられている。

 木には実がり、小さいが畑にも野菜が残っていた。


 これで食糧の心配はいならいだろう。

 ミヒルに袋を持ってもらい、収穫した野菜や果物を種類ごとに分ける。


 そして〈アイテムボックス〉へと収納した。

 少々夢中になり過ぎて時間がってしまったが、ここは居住区だ。


 今日は、この高級住宅に泊るとしよう。

 食材と調味料があるので、少し豪華な食事となる。


 まあ、具材は野菜だけなので、少々物足りないが――


(そこは仕方ないか……)


 魔物モンスターの肉を食べたいとも思わない。

 ミヒルは子供なので、香辛料はひかえめにしておく。


 肉なしの薄味カレーといった所だが、ミヒルは気に入ったようだ。

 残りは朝食に――と思ったのだが、街の広場に持っていく事にした。


 最初に俺がおそわれた場所でもある。

 日も落ちてすっかり暗くなったが、折角せっかく、暗視を覚えたのだ。


 活用しない手はない。歯をみがき、口をゆすいでから出発する。

 広場の中央にある噴水ふんすいなべを置き、近くにある建物の屋根の上に隠れた。


 しばらく待っているとデザートゴブリンとデザートウルフが現れる。


(まだ結構、残っていたか……)


 合わせて20といった所だろうか? 暗視は利いている。

 さっさと襲撃して終わらそうと思ったのだが、ゴブリン同士が喧嘩けんかを始めた。


 話し合いをして『分け合う』という発想はないらしい。

 更にデザートウルフが抜け駆けしようとしたので、乱戦になったようだ。


 だが、こちらにとっては都合がいい。いつものように上から奇襲きしゅうをかける。

 れたお陰もあり、俺は想定していたよりも早く、敵を倒すことが出来た。


 最後の一匹――デザートウルフは背中を強く打ち、動けなくなっていた――の四肢を折り、逃げられない状態にしてから、魔結晶を食わせて見る。


 少しは強くなったようだが、1つ与えた程度では、そこまで変化はないようだ。

 グルルルと低い唸り声を上げてうるさいので、俺は顔をむ。


 これでまれる心配もないだろう。

 ミヒルにドトメを刺すように指示する。


「ニャッ!」


 とミヒル。ダガーは使わずにりを入れると、素早く俺の後ろに隠れた。

 俺の戦い方を真似まねしたようだ。デザートウルフは動かなくなる。


 予想していた通り、経験値が多く手に入った。

 ミヒルの方も「ふーっ」と息をく。


 何度なんどか戦闘をこなしているため、魔物モンスターに対して、恐怖心が薄れたのだろう。

 元々『獣人種アニマ』は狩りを得意とする種族だ。


 いずれは経験することでもある。俺は「よくやった」とミヒルをめた。

 正直、俺がいつまでも面倒を見ることは出来ない。


 こくな話だが、彼女には早く、強くなってもらう必要があった。

 さて、今日はもう寝るとして――


(明日は水を回収してから、この街を出発しよう……)

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