第103話 復興準備(1)


 翌朝――とはいっても、外はまだ真っ暗なようだ。

 陽の光は感じられない。


「ニャニャ? ご主人、ご主人」


 とミヒルに起こされる。

 一瞬、寝すぎてしまったのか⁉――とおどろいてしまったが、そうではなかった。


 ミヒルは寝ている俺の上にまたがり、モジモジとしている。

 これはアレだ。便所トイレである。


 取りえず、このままの体勢では俺が危険だ。

 一度、ミヒルを床へと降ろす。


 朝方は気温が下がるため、便所トイレに行きたくなったのだろう。

 隣で寝ているのはイスカだが『中身がエーテリアのままなのか?』は分からない。


 彼女の肩をすって、ミヒルを便所トイレへ連れて行くことを伝えた。


「あ、はひっ……」


 と、まだ寝惚ねぼけているのか、少しボーッとしているようだ。

 反応からいって、中身はイスカなのだろう。


 まだ長時間、巫女であるイスカの身体からだを借りることは出来ないらしい。

 恐らくはイスカのレベルを上げる必要があるのだろう。


 俺は周囲を見回したのだが、エーテリアの姿を見付ける事は出来なかった。

 いつもだったら、俺の目覚めに呼応こおうするように現れる。


 その事から――『リディエス』の神殿の地下で【神器】を浄化した時と同様の事態が起こっているのでは?――と推測した。


 なんらかの制約があって、しばらくは地上へ出て来ることが出来ないのだろう。

 地上では『神の力を無制限には使えない』というワケだ。


(浄化の能力だけでも、かなり強力だしな……)


 奇跡の力にも均衡バランスというモノがあるのだろう。

 それよりも今はミヒルだ。


 彼女を抱きかかえると、俺は急いで便所トイレへ駆け込む。

 結論けつろんからいえばセーフだ。


 朝の便所トイレは混むと予想できる。

 もう少し時間がズレていたら危なかったかもしれない。


 少し早い時間帯の方がいていて丁度いいようだ。

 ミヒルを抱きかかえ、便所トイレから出る。


「にゃごにゃごニャ~♪ ふにゃにゃかニャ~♪」


 スッキリしたのか、ご機嫌な様子で歌を歌うミヒル。

 歌詞の意味は分からないが――子供など――そんなモノだろう。


 正論よりも共感することが大切だと聞く。

 子供が素直になれるように、大人が言葉を選ぶ必要があるようだ。


(まあ、俺にはむずかしい……)


「ご主人、ご主人」


 とミヒル。俺の服を引っ張る。

 なにやら俺が使わせてもらっている馬車の周りがさわがしい。


 人集ひとだかりが出来ているようだ。


(そういえば、忘れていた……)


 昨夜『竜のかご』でミリアムから竹をもらったので植えたのだった。

 正確には、もらったのは竹の水筒すいとうだ。


 他にもさくを作ったり、簡単な武器の材料にしたりと使い道がある。

 勿論もちろん『タケノコ』を採るという選択肢もあった。


 だが、食用にしているのは地球でも亜細亜アジアの一部だ。

 時間を掛ければ、食材として受け入れられるだろうが、すぐには難しいだろう。


 なので、今回は食用としては利用しないことにした。

 砂漠の緑化にも使えるのだろうが、加工しやすい素材として活用する。


 加えて丈夫でもある。日本で鉄が不足していた時代には『竹筋コンクリート』として、鉄筋の代替で使われていた程だ。


 目安としては――成長して3、4年の――表皮が白っぽくなった竹が加工しやすい。


(その辺は、俺が成長を調整する必要がある……)


 それよりも伐採ばっさいした竹をそのまま使うのには問題があった。

 青竹の状態では、カビや害虫によるダメージを受けやすいからだ。


 また、時間経過や直射日光によって褪色たいしょくと劣化が進む。

 青竹の状態での製品が少ないのは、そういう事だ。


 他にも伐採するのに適した時期というのがある。

 通常は竹の水揚げがまる秋口から冬までの期間だ。


 その時期に切った竹は材質がまっていて使い勝手がいい。

 更に虫がつきにくいとされている。


 『木六竹八きろくたけはち』というヤツだ。

 『木は6月、竹は8月を過ぎたら切ってもいい』とされていた。


 旧暦でいうと8月が七夕に当たるので、それを過ぎた辺りだろう。

 つまりタケノコが成長して、枝葉が出始める頃を指す。


(まあ、今時の日本人は竹を切りに出かけたりはしないか……)


 もしかすると『新月伐採』の方が有名かもしれない。

 迷信のような気もするが、ヴァイオリンの名器『ストラディバリウス』も新月に切った木で作られたと聞く。


 日本にも『闇切り』という、新月伐採の伝統があるようだ。

 『新月時』と『満月時』に伐採された木材では、細胞の中の水分やデンプンの含有量に違いがあるらしい。


 実際、ほとんどの職人は気にしていないようだが、ブランドとして考えるのなら『新月伐採の竹を使っている』として売り出すのはありだろう。


 科学的に考えるのなら、沢の近くに生えている竹は月の影響を受けやすいのかもしれない。しおの満ち引きも月の満ち欠けの影響を受けている。


(まあ、月の満ち欠けの話で、竹といえば『竹取物語』だろう……)


 いや、今はそれよりも『竹に含まれる油分を取り除くのには、どうすればいいのか?』だ。


 『油抜き』といって耐久性を高める技術がある。

 それを行うと虫もにくくなるのだが――


(ガスバーナーや炭火を使っていた気がする……)


 確か、苛性かせいソーダを入れた熱湯で煮沸しゃふつする『湿式』と弱火の上で温めて油を抜く『乾式』の2つの方法があった。


 苛性ソーダがあれば石鹸せっけんも作れるのだが、なさそうなので今回は『乾式』で行こう。『豊穣ほうじょうの杖』の機能を使えばいけるハズだ。

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