第123話 迎撃態勢(2)


 別に忘れていたワケではないのだが――


(今の俺にとっては、食事は作業のようなモノだからな……)


 肉体労働もある。そのため、食べないと力が入らない。

 仕方なく、三食るようにはしていた。


 しかし、空腹の方が集中力も長く続くような気がする。

 また食事をすると腹の方に血液が集まるためか、眠くなるようだ。


 寝不足の所為せいもあるのだろうが、簡単に済ませる予定だった。

 死なない程度の栄養と脳を動かすのに必要な糖分さえることが出来ればいい。


 そんな言い訳をすると怒られそうなので、俺はイスカの指示にしたがう事にした。

 こういう時の彼女に逆らうと、面倒なのだ。


(恐らく、エーテリアが吹き込んだのだろう……)


 巫女に対する女神のお告げが、そんな使い方でいいのだろうか? 正直、もっと神聖なモノのような気がするのだが、おもに俺の健康管理に使われているらしい。


 ミヒルを置いて『さっさと立ち去れば良かった』と後悔するも、そんな俺の考えなど、エーテリアにはお見通しだったようだ。


 こうして先手を打たれる結果になってしまった。


「ユイトくん、しっかり食べてください!」


 と俺の服をつかむイスカ。

 どうにも、彼女の中でまだ子供あつかいされている節がある。一方で、


「ご主人、一緒に食べるニャ♪」


 とミヒルは無邪気だ。

 いつ魔物モンスターの襲撃があっても、おかしくはない状況だが――


(二人掛りで来られてしまったのでは、逃げるワケにもいかないか……)


 俺は肩をすくめると、


「分かった」


 と言って大人おとなしく席に着いた。職人たちが張り切ったのだろう。

 いつの間にか、竹で出来た椅子イス食卓テーブルなどが増えている。


 恐らく――どんな細工が出来るのか――試験的に作ったモノらしい。

 日除ひよけにすだれのようなモノまで立て掛けられている。


(だいぶ暮らしに溶け込んでいるな……)


 「ミヒルちゃん、ユイトくんが逃げないように……」


 捕まえていてください――とイスカ。

 返事をする代わりに「ニャ~♪」と鳴くミヒル。


 そのまま、俺のひざの上へと乗った。それは『捕まえている』というのだろうか?

 疑問符を浮かべる俺に対して、イスカは笑みを浮かべる。


 女神もとい大精霊様の指示に、われらが巫女は忠実らしい。

 エーテリアの言い付けを守れた事に満足しているようだ。


 軽くで良かったのだが、お陰で多めの昼食を食べさせられるハメになってしまった。


「大精霊様、これでよろしいでしょうか?」


 ひざき、エーテリアにいのりをささげるイスカ。


「よろしいでしょうか……ニャ?」


 とミヒルも真似まねをする。

 エーテリアは両手でバツを作ると見せかけてマルを作った。


 どうやら、なにも落とされずに済んだらしい。

 NGが多いと水をかぶるハメになったような――


(ここは懺悔ざんげ室か? 紙吹雪はないようだが……)


 女神のクセに随分ずいぶんと、おフザケが好きらしい。

 関わると俺に被害がおよぶ可能性があるので、見なかった事にする。


 いったい大精霊とはなんなのだろうか?


(そういえば、ミリアムも精霊が見えるようだったが……)


 蜥蜴人リザードマンたちは竜神ドラゴン信仰だが、イスカたちは九つの神を信仰しているらしい。丁度、人間族リーンが持つ【根源】の数と同じだ。


 もしかすると神々の力を取り戻せば、人間族リーンの【根源】も復活するのだろうか?

 だが今は神々の影響力は薄れ、精霊信仰に変わりつつあるようだ。


 元々――神が直接――人類に関わることはまれらしい。

 精霊を通して、地上へ『神の言葉を伝えていた』と聞く。


 昔はミリアムのように、精霊と会話が出来る能力を持った人間が多かったのかもしれない。確か――


(女剣士も旅をしていると言っていたな……)


 こんなご時世だ。

 魔物モンスターによって国を追われた人間も少なくはないのだろう。


 故郷を失った彼女は、かつて『曽祖父が暮らしていた』という王国を探して旅をしているらしい。手掛かりは特にないようで「当てのない旅だ」と言っていた。


 俺も詳しい話を聞いたワケではないが、精霊の力を借りる剣技があるらしい。

 曽祖父は南方の国の出身のようで、ここ『アレナリース』の出身ではないかと見当を付けてやって来たのだろう。


(残念ながら、その剣技はもうないようだが……)


 曽祖父から聞いた国の名前も、もう憶えていないようで『手掛かりは受け継いだ剣技だけだ』と言っていた。


 確かにそれでは、手掛かりとは言いがたい。推測するに魔法剣のような技だと思うのだが【根源】を失った今の人間族リーンには、使うことはむずかしいだろう。


 俺としても、彼女がそれを会得できれば戦力アップになるので有難ありがたいのだが――


(そう上手うまくはいかないか……)


 気が付くと若手文官がいて、何故なぜか子供たちと一緒に昼食をとっていた。

 蜥蜴人リザードマンたちが来るので、俺を呼びに来たのだろう。


 だが昼時にはいつも、ここに居るので子供たちもれた様子で受け入れている。

 おいのりが終わったようで、


「どうしました?」


 とイスカが俺に問い掛けてきた。俺は視線を子供たちへと向け「子供たちの肌の色艶いろつやも、だいぶ良くなったようだな」と答える。


 まだ、せてはいるので肉や魚が欲しい所だが、それでもバランスの取れた食事が作れるようになった。


 作物が採れるようになった事で、家畜の飼料も確保できるだろう。

 その内、肉料理も食べられるようになるハズだ。


「はい」


 とイスカは微笑ほほえむ。

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