第124話 迎撃態勢(3)


 蜥蜴人リザードマンとの交渉は商人組合ギルドとの間で行われた。

 商業区画にある石造りの建物へと通される。


 俺も中に入ったのは初めてだ。蜥蜴人リザードマンたちが運んできた木材は倉庫――といっても大きな幕舎テントだが――に運ばれ、職人たちが確認している。


 移動と運搬に使われた地走鳥ロックバードたちは畜舎で休んでいるハズだ。人間族リーンにとっては蜥蜴人リザードマン魔物モンスターと変らないようで、俺は用心棒代わりとして同行させられている。


(まあ、商人から仕事を奪っている手前、仕方ないか……)


 今は魔物モンスターを倒すか、魔物モンスターに滅ぼされるかの瀬戸せとぎわだ。

 経済を回している場合ではない。


 そのため、文句は言われないが――


(不満はあるだろうな……)


 俺の持つ『豊穣ほうじょうの杖』で食糧や資材、家畜のえさや薬の材料まで、すべて無料で提供している状況だ。


 きわめつけは労働力としての人材である。

 大半を俺が確保しているようなモノだ。


 ここが神殿都市であり、住民たちがほぼ信者であるから友好的だが、本来は商人組合ギルドから暗殺者を送り込まれても不思議ではない。


 ある程度、彼らの頼みは聞いておいた方がいいだろう。武田信玄の『国づくり』の理念にも「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、あだは敵なり」とある。


 後々の事を考えると、ここで俺が折れておく事も必要だ。

 それに彼らの中では蜥蜴人リザードマンも異形の存在である事に変わりはないらしい。


 要は怖いのだ。今回の『魔物の襲撃スタンピード』の後の事を考えると――王族が関与する利点メリットもある――と考えたのだが、王族は誰一人、この場に出て来なかった。


 相当に臆病おくびょうなようだ。

 まあ、政治は基本的に神殿が仕切っていて、軍隊はほとんど機能していない。


(事実、お飾りの王様といった所か……)


 一方で若手文官はみょうに張り切っている。コンポストの設置を依頼した時はあんなに嫌そうな顔をしていたのに、今は生き生きとしていた。


 決めた内容は――定期的に蜥蜴人リザードマンが木材を都市へと運ぶ代わりに、商人たちが武器と食料を提供する――といったモノだ。


 共通通貨がないため、物々交換が主流らしい。当然、魔物モンスターの発生などで、木材の入手が困難な場合もあれば、天候によって食料を供給できない場合もある。


 その辺の細かい取り決めをした後、まずは様子見で3ケ月ほど続ける事にしたようだ。お互いに初めてのこころみなので『物はためし』といった所らしい。


 問題がなさそうなら、正式に契約する流れになる。

 契約の更新は1年毎に行うそうだ。


 都市としても木材は必要であり、食料があれば蜥蜴人リザードマンとしても無暗に他種族をおそう必要もなくなるだろう。


 人間族リーンの方が数は多いので、将来的には『宗教特区』となりそうだ。

 後で若手文官に信仰特区構想の草案でも作らせよう。


 まずはお互いにモノの価値を勉強する所からだろう。


「木材の代わりに珍しい植物や、武器の代わりに家具や装飾品など……」


 必要になってくるんじゃないのか?――と俺は横槍を入れてしまった。

 お互いに『その時は話し合えばいい』といった目をしているので、


蜥蜴人リザードマンたちが市場いちばに参加する権利を与えてもいいのでは?」


 と補足する。つまりは――蜥蜴人リザードマンたちに値段を決めさせる権利を与えてみてはどうだ?――という話である。


 国としては関税をかければいいし、珍しい品であれば、優先して買い取る機会だ。

 若手文官としても、その方が上司に報告しやすいだろう。


 また蜥蜴人リザードマンたちも自分たちで考え、より価値のあるモノを都市に持ってきてくれるようになる。


「互いを知るためにも、大切なことじゃないのか?」


 と俺は建前を用意する。今後の事を考えると蜥蜴人リザードマンたちも都市の中で自由に買い物が出来るようになった方がいいハズだ。


 ただ、商人組合ギルドとしては『権利を独占したい』のかもしれないが『国の後ろ盾も欲しい』といった所だろうか?


 俺は商人組合ギルドえらそうな人を立たせると後ろを向かせ、肩を抱いた。


なにも商品だけが、売り物じゃないだろ?」


 そんな俺の言葉に一瞬、商人が目を見開いた。

 色々と計算しているようだ。


 今の人間族リーンは弱い。魔物モンスター遭遇そうぐうした場合、命の危険がつきモノだ。

 だが、逆に考えると運搬の依頼や護衛を蜥蜴人リザードマンたちに頼む事も出来る。


 より手広い商売が可能となるだろう。

 最初は蜥蜴人リザードマンたちに恐怖の表情を浮かべていた商人だったが、急に笑顔になる。


 どうやら、頭の中で計算が終わったらしい。

 蜥蜴人リザードマンたちを味方につける意味を理解したようだ。


 交渉の方は、これで大丈夫だろう。

 まあ、俺としては――


魔物モンスターの進行状況を確認する方が重要なのだが……)


 蜥蜴人リザードマンからの情報によると魔物モンスターたちは7体の巨人の歩く速度スピードに合わせているらしく、俺の想定よりも進行の速度スピードが遅かった。


 確かに巨人に対して走る印象イメージはあまりない。だが――悠々ゆうゆうと歩いてくる――というよりは『策を準備中』と考えた方が良さそうだ。


(正直、5体だったのが7体に増えている点も気になるが……)


 いや、俺が『オルガラント』の街で魔物モンスター討伐とうばつしたから『7体で済んでいる』とも考えられる。エサとなる魔物モンスターを退治したため、巨人の増殖をおさえられた。


 可能性としては十分にある。

 スライムの時は融合だったが、要は魔結晶を多く取り込めばいいハズだ。


 本来は巨人をもっと増やしたかったが『エサとなる魔物モンスターの数が足りなくなった』と思った方がいいのかもしれない。


 魔物モンスターの軍勢の到着は早くて明日。

 問題は波状攻撃だ。夜はダークウルフ、日中はジャイアントスコーピオン。


 サイクロプスによる岩を使った投擲とうてき攻撃をされてはかなわない。

 蜥蜴人リザードマンたちとの交渉は問題なさそうなので、俺は老戦士のもとへと向かう事にした。

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