第105話 社畜の威を借る仔猫(1)


 これで都市の防衛の足掛かりは出来た。

 後は神殿の方にも、色々と相談をしなければならない。


 本来の街としての機能を取り戻すには、俺一人の力では不可能だ。

 しかし、その前にイスカのもとへと戻り、ミヒルを回収する。


 また、炊き出しについても再び、彼女へと頼む。

 俺も後で、住民たちの治療を行う予定だ。


 イスカには昨日に引き続き、街の様子を見て来てもらう事にする。現状、元から住んでいる人々と外からやってきた人々の間に軋轢あつれきは生じていないようだ。


 内側で争っていたのでは外敵に対し、手を取り合って戦う事も出来ない。

 カムディにも「一緒に来るか?」と聞いてみたのだが、


「オレはいい」


 と断られる。どうやら『武器になる』という竹が気になるようだ。

 この区画に残るらしい。


 俺は子供たちに見送られ、イスカと一緒に神殿へと出掛ける。

 街は幾分いくぶん、活気を取り戻したように思えた。


 やはり食糧に対する不安は大きかったらしい。

 神殿の前では、女剣士と青年狩人が待っていた。


 今日も配給を手伝ってくれるという。

 まあ、魔物モンスターが出ないのであれば――


(彼らに出来る事は限られているのだろう……)


 昨日の一件で貧民区画に食糧が行き渡り、怪我人けがにんや病人もいなくなった。

 俺は女剣士から、お礼の言葉を言われる。


 なにやら人前で、面と向かって伝えられると気恥ずかしい。


(単純にれていない――というのもあるが……)


 ブラック企業の場合『人をめる』という行為は――相手の自律性をうばって、制御コントロールしやすい、都合のいい人間に仕立てよう――としている行為こういに該当する。


 勿論もちろん、女剣士にそんなつもりがない事は分かっている。

 俺は無意識に警戒していたのだろう。


 こちらにも利益があって、やった事だ。

 老戦士や蜥蜴人リザードマンたちの時は、彼らを利用することを考えていた。


 お礼を社交辞令のように取っていたのかもしれない。

 彼女の場合、どうにも真っ直ぐ過ぎる。


 女神と一緒に睡眠をとったお陰だろうか? 心に余裕が出来たようだ。

 俺は、その感情を誤魔化ごまかすように、


「そうだ、弓を作れるかもしれない」


 と青年狩人に伝えた。

 彼は後で、俺の滞在している区画エリアへと行ってくれるそうだ。


(これで弓を生産できるようになるといいのだが……)


 順調に事が進んでいると思えたが、相変わらず、神殿の警備はきびしいらしい。

 女剣士と青年狩人が神殿の前で待機していたのは、それが理由のようだ。


 仕方のない話だが、俺を警戒している人間が高位の神官の中にいるのかもしれない。しかし、イスカが首に掛けている聖印を見せると簡単に通してくれた。


 彼女は高位の神官でもあったらしく、ある程度の権限を持っているそうだ。

 炊き出しの準備はイスカたちに任せて、俺は適当な神官をつかまえる。


 見た顔だと思ったら、相手は神殿長だったようで――昨日の水の件もあり――俺が来るのを待っていたらしい。お礼を言われた。


 この場合は組織としてのお礼なので、俺の心には響かない。


(なら、話は早いか……)


 俺は水の心配はもうしなくていいむねを伝える。

 魔法で俺が補充するからだ。


 その代わり、水は神殿から住民へ配るように条件を出した。

 まあ、俺が各区画エリアを回るのも面倒だ――という事もある。


 本当の理由は俺の仕事を減らすためだ。

 俺が神殿へ水を提供すれば、後は神殿がやってくれる。


 神殿としても、人々から感謝されるため、異論はないハズだ。

 それともう一つ、堆肥たいひの件を依頼する。


 オアシスヘ水をみに行く必要がなくなったため、貧民たちの新しい仕事として堆肥を作成させる事を提案した。


 目的は砂漠の緑化だ。便所トイレの糞尿交じりの砂を一箇所に集め、そこに野菜くずなどを捨て、発酵させることで堆肥を作るように指示を出す。


 今までは一杯になった時点で各区画エリアで処分していたようだが、神殿に一括して処理を任せる。


 生活基盤インフラ周りを神殿に掌握しょうあくさせる事で、まずは貴族との力関係をくずす作戦だ。


(一時的に神殿が権力を持つことになるが……)


 【神器】を持つ俺なら、ある程度、神殿の操作も可能というワケである。

 この都市には魔物モンスターと戦う事が目的で多くの戦士が集まっていた。


 下手に彼らと対立すると反乱クーデターのような事件が起きる可能性もあるだろう。

 神殿に生活基盤インフラを管理させることで、戦士たちを制御コントロールする。


 ただの烏合うごうしゅうでは勝つことが出来ない。

 俺の意図をみ取ったのかは不明だが、神殿長は話の分かる男だったらしい。


「分かりました」


 と告げたので、俺は神殿を後にする。

 〈スカイウォーク〉で街の外までは一直線だ。


 上空から魔物モンスターの接近がない事を確認すると着地して、街の側面に作物を植える。

 昨日と同じ手順だ。ミヒルも種を集める手伝いをしてくれるので助かる。


 昨日よりもペースが速い。レベルが上がり、MPも増えたのだろう。

 『ナツメヤシ』を先に植えて置いたので目印にもなる。


 作業に夢中になり、気が付かない内に『街から離れた場所に植えてしまう』というミスは、これでないだろう。


 二、三十分経った頃だろうか――3分の1の作業を消化した所で、大男が人を引き連れてやってきた。昨日よりも人数が多い。


 どうやら戦士以外の街の連中も手伝ってくれることになったようだ。

 これなら予定よりも早く終わるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る