第152話 尻を狙え!(3)


 獣型の巨人が火を恐れているのは、誰の目にもあきらかだ。

 少数精鋭の地走鳥ロックバード部隊。


 彼らは最初『巨人へ松明たいまつを投げよう』と考えていたのだろう。

 だが必要以上に嫌がる巨人の反応を見て、その作戦を変えたらしい。


 1人が部隊から離れ、西門へと移動する。

 伝令のようだ。西門を守る部隊と連携を取るのだろう。


 今は優勢に思えるが――真面まともに戦っても――巨人には勝てないことを彼らは知っているようだ。


 残った地走鳥ロックバードの部隊は自分たちをおとりに――もしくは巨人を挑発するかのように――松明たいまつかかげ、大きくらす。


 本来であれば、地走鳥ロックバードの機動力をかして、巨人の周囲をグルグルと回るのだろう。しかし、今は都市の周囲にほりがある。


 岩場など、隠れる場所があるのなら有効な手だったが、高低差がある場所では逃げ回るのもむずかしい。


 巨人の腕が届かない――ギリギリの位置で――8の字を描くように集団で走り始めた。足を怪我けがしていなければ、獣型の巨人もおそい掛かっていただろう。


 今はただ、鬱陶うっとうしいハエでも払うかのように手を動かしている。

 実際に弱体化し、技能スキルや魔法の習得がむずかしい人間族リーン


 彼らは巨人にとって、うるさいだけの存在なのだろう。

 地走鳥ロックバードの部隊も、それは重々じゅうじゅう承知しょうちしているハズだ。


 それでもえて危険をおかしているのは、ひとえに女剣士がるからである。

 彼らは巨人を引き付け、すきを作ることに心血しんけつそそいでいるのだろう。


 女剣士に攻撃の機会チャンスを作るためだけに行動している。

 一方で大男のひきいる部隊も必死に戦っていた。


 ただ彼らの場合は、都市や『そこに住む人々を守ろう』という矜持きょうじは一切ない。

 楽しく暮らしていたいのに、邪魔じゃまするヤツらがいる。


 よっしゃーっ! オレ様たちがらしめてやるよ――そんな感じだ。

 だからこそ、卑怯ひきょうな手も躊躇ちゅうちょなく使える。


 勝てばいいの精神だ。精霊と契約できず、その加護を得られなかった大男。

 だが、そんな彼に部隊の隊長をまかせたのは俺である。


 どうせ、都市に集まった連中は皆バラバラで、正規の兵をのぞけば寄せ集め部隊だ。

 元冒険者や傭兵ようへいくずれ、庶民しょみんからなる混成部隊――『奇兵隊』――である。


 かつての日本でいうのなら『長州奇兵隊』が有名だろうか?

 確か武士だけの軍隊はもろいと知り――


門閥もんばつや身分に関係なく、志願しがんによって兵を集めたとか……)


 武士以外でも『志』こころざしがあれば入隊できる――当時としては――画期的な軍隊だ。

 俺の場合は『それを真似まねた』というよりも『ジョブ型の人事制度』といった方が近い。


 弓が得意な青年狩人、剣のあつかいに長けた女剣士をそれぞれ隊長にえた。

 今回の戦いは『数をそろえれば勝てる』という戦いではない。


 勝つための戦いだ。がらにもなく、能力よりも『信用できる』という理由で彼らを頼ってしまった。作戦と目的を伝えた俺は、必要な人選を彼らに一任いちにんした。


 大男の担当は卑怯ひきょう――いや、間違えた――力だ。

 類は友を呼ぶというヤツだろうか? 意外と人望もある。


 老戦士は納得してくれたが、他の連中は俺の人事に難色なんしょくしめした。

 まあ、当然といえば当然だ。


 上の立場の人間であるのなら、その反応は間違ってはいない。実績もなく、なんの成果も出していない人間に、責任のある仕事をまかせるワケにはいかないのだろう。


(結局、最後はおどす形になってしまったが仕方がない……)


 巨人に対し、誰も有効な作戦を立てられないうえ、責任も取りたくないようだ。

 しかし、文句だけは一人前ときている。


 俺自身が暴力にうったえてもいいだが、今は味方も多い。

 老戦士に神殿長、巫女みこであるイスカに蜥蜴人リザードマンたち。


 精霊と契約をした青年狩人と女剣士に、工房の連中や商人たち。

 子供や街の人々も頼めば力を貸してくれるだろう。


 取りえず、時間もないので文句をいうヤツには『更迭こうてつする』とおどした。

 上層部の連中は渋々しぶしぶという態度を取っていた。


 だが、内心ではホッとしていたのかもしれない。彼らもまた、魔物モンスターに追われるように逃げてきたとはいえ、街や組織の代表という立場だった者たちだ。


 水と食糧と経済――それらをにぎられ、武力でおどされた。

 そのため『仕方なく協力することにした』という建前が欲しかったのだろう。


 根回しをしなかった俺にも問題はあるが、えらい人間を説得するのは面倒である。

 若手文官に彼らのフォローを頼んでおいたが、


「ヤレヤレ、仕方がないですね」


 と溜息をきつつ、彼は嬉しそうだった。

 土弄つちいじりや現場監督をさせるより、こういった政治的な動きをする方が好きらしい。


 彼のような人材は戦時中よりも、戦後に活躍するのだろう。

 俺としても、作戦の成功に絶対という自信はなかったが――


(この様子なら大丈夫そうだな……)


 案ずるより産むがやすし――というヤツである。

 彼らは俺の想像以上の活躍をしてくれていた。


 脱糞だっぷんこころみる巨人に対し、そうはさせじと抵抗ていこうするスライム。

 これが大男を登用した結果である。


 少なくとも彼がここまでやるとは、誰も予想だにしなかっただろう。

 巨人の放屁ほうひ音がむなしく戦場に響き渡る。

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