第151話 尻を狙え!(2)


 獣型の巨人を攻撃した矢は青年狩人が放ったモノだ。

 『風の精霊』と契約したことで、彼の弓の威力と飛距離がした。


 一度、った矢の軌道きどうを変えることも出来るらしい。

 飛距離にもよるのだろうが、放たれた矢が左右へ放物線をえがく。


 また、下から上へと軌道を変えることも可能だ。

 通常はある程度の高度に達すると、矢は下へと落ちてゆくモノである。


 それが、あり得ない軌道をえがくのだから回避はむずかしい。

 巨人から見ると、矢が小さい事も理由の一つなのだろう。


 加えて、変化する軌道が死角からの攻撃を可能としていた。

 獣型の巨人がけることもせず、矢の餌食えじきになっているのは、そういう事だ。


 最初はやじりの代わりに、香辛料の入った袋が取付けられていた。獣型の巨人は嗅覚きゅうかくも獣並みになっているので、少量の香辛料でも十分な威力を発揮するようだ。


 青年狩人は器用に、普通の矢と香辛料の矢を使い分けていた。また一度に3本の矢を放つなど、敵の注意をらした後、本命の香辛料の矢で顔をねらう。


 ひとつひとつの効果は小さいが、次第に積み重なっているように見える。

 恐らく、すべては計算した結果なのだろう。


 獣型の巨人の注意が完全に――物見台の屋根の上に立っている――青年狩人へ向くのに時間は掛からなかった。


 青年狩人としては、四つ腕の巨人を仕留めるのに「近くに獣型の巨人がいてはむずかしい」とんだのだろう。


 そんな彼の狙い通り、獣型の巨人は都市へと進撃を開始する。

 一方で地中を移動しつつ、出たり入ったりを繰り返す大男と蜥蜴人リザードマンの部隊。


 完全に四つ腕の巨人を翻弄ほんろうしていた。


「今だ! 尻を狙え!」


 とは大男。自らの行動で士気を高めるタイプのようだ。

 四つんいになっている四つ腕の巨人に対し、スライムを投げつけた。


 精度コントロール今一いまいちだが、威力パワーだけはある。

 加えて、巨人はデカい。離れていても、当てる事は出来るようだ。


 大男の部下たちもそれにしたがい――巨人の尻へ向け――スライムの一斉射撃が開始される。ビチャビチャと音を立て、巨人の尻が一瞬にしてベトベトになった。


 見ていて気持ちのいいモノではないが、巨人の尻をベトベトにする事が大男たちの目的ではない。次にひかえていたのは、砂袋を持ったガタイのいい男たちだ。


 円盤えんばん投げの要領ようりょうで袋をつかむとグルグルと勢いよく回る。

 遠心力を利用し、砂袋を高く投げ飛ばすと周囲に砂が飛散ひさんした。


 別に巨人の尻に当てる必要はない。

 スライムが危険を感じて、逃げればいいのだ。


 ――いったい、何処どこに?


 尻にまとわりついたスライムたちが、逃げる場所は一つしかない。


 ――そう、肛門である!


 まとわりついていたスライムは――巨人の尻の穴に――吸い込まれるように消えて行く。次に巨人がどうなるのか、想像にかたくない。


便意べんいだ……)


 今、四つ腕の巨人をすさまじい便意がおそっている。

 最早もはや、戦闘どころではない。


 巨人と便意との激しい戦いが繰り広げられようとしていた。

 一方でクシャミのまらない獣型の巨人。


 都市への進撃に時間を掛け過ぎたようだ。

 ようやほりへと足を踏み入れた時、地走鳥ロックバードに乗った女剣士が出現する。


 北門から出て、植物に隠れながら回り込んできたようだ。

 彼女の剣が巨人の脇腹を斬る。


 『水の精霊』と契約した彼女の剣は【魔法剣】――いや【精霊剣】だ。

 通常の攻撃では人間族リーンが巨人へダメージを与える事は出来なかっただろう。


 魔力をびた水が女剣士の意志をみ取り、彼女の周囲を流れながら、敵を斬りく。女剣士はそのまま地走鳥ロックバードで、巨人から遠ざかるように走り去っていった。


 当然、急に出て来て攻撃をしていった女剣士を巨人が許すワケがない。反射的に振り向き、女剣士を追おうとしたが、間を空けて新たな部隊が出現する。


 女剣士には――老戦士から借りた――地走鳥ロックバードに乗れる兵を預けていた。

 彼女の指揮のもと、機動力のある少数精鋭の部隊として活躍させるのが狙いだ。


 時間差攻撃ともいうのだろう。

 嗅覚きゅうかくを青年狩人にやられ、接近に気が付かなかったようだ。


 地走鳥ロックバードに乗った兵たちは槍を投擲とうてきする。

 女剣士が斬った場所を狙ったのだろう。


 巨人が悲鳴を上げる中、今度は青年狩人が火矢を放った。

 一度、燃えた毛は燃えやすいらしい。


 すぐに背中の体毛へ燃え移る。

 そうなると、巨人は慌てて火を消そうとする。


 流石さすがに地面へ転がるような真似まねはしなかったが、燃えたことがトラウマになったらしい。予想以上の反応だ。


 女剣士がこうなると「分かっていた」とは考えにくい。

 恐らく、青年狩人の方が彼女の動きに合わせたのだろう。


 巨人の隙を作り、兵を逃がすのと同時に巨人の意識を女剣士かららした。

 途中で逃げるのをめ、戻ってきていた女剣士は再び【精霊剣】をり出す。


 今度は巨人の足を狙った。

 正直、彼女でなければ、巨人の足元へ突っ込もうとは考えないだろう。


 獣型の巨人は脹脛ふくらはぎを斬られ、痛みにひざを突いたようだ。

 女剣士の方は、そのまま颯爽さっそうと走り去る。


 そして、時間差で現れる地走鳥ロックバード隊だが、今度は攻撃をしない。

 槍の代わりに手に持っているのは赤々あかあかえる松明たいまつだ。


 獣型の巨人には槍よりも、こちらの方が脅威きょういだろう。

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