第101話 長時間労働こそ正義!(1)


 確か『竜のかご』には食虫植物もあった。

 探せば役に立つ植物が見付かるかもしない。


 だが、まずは病人や怪我人の治療が先だ。

 貧民区画を優先して回る。


 俺が習得した回復魔法で対処できたのは『運が良かった』といえるだろう。そのお陰か、貧民区画の住民たちは素直に、俺の言う事に従ってくれるようになった。


だましているような気もするが……)


 水と食料を与え、怪我や病気を治療したのだ。

 当然と言えば、当然の反応だろう。


 エーテリアも特に文句を言う様子はないようだ。

 むしろ、朝から魔法を使ってばかりいる俺を心配しているように見える。


 最初におとずれた区画エリア同様、住民たちにはパンの製作を頼む。

 皆は食べる物に困らなくなって喜んでいるようだが、俺の狙いは違う所にある。


 一通り布教活動――いや、病人の治療――を終えた俺は元の区画へと戻った。

 老戦士も戻っていたが、草臥くたびれているようだ。


 長丁場だったらしい。今日は放って置こう。

 俺は炊き出しから戻ってきていたイスカと合流する。


 疲れて眠ってしまったミヒルを彼女に預けるためだ。

 陽は沈みかけ、遠くの空はすっかり暗くなっている。


 黄土色の広大な砂漠がオレンジ色に変わり、波打つ大地は幻想的なのだが、すっかりれてしまった。


 皆は久し振りに、お腹がいっぱいになって満足したようだ。

 今までの疲労の蓄積ちくせきもあってか、早めに眠ったらしい。


 日中はだるような暑さだったが、俺が植物を植えたからだろうか?

 熱砂や風が入り込んだ様子はなく、涼しくなっている。


 これなら幕舎テント暮しでも快適に眠ることが出来るだろう。

 明日もいそがしいので、しっかり休んで欲しい所だ。


(まあ、俺の仕事はなんだが……)


 採取していた作物は〈アイテムボックス〉へ収納している。

 移し替えるのも面倒なので、このまま『竜のかご』へと向かう事にした。


 俺はイスカへ、出掛けるむねを伝え、


「行ってくる」


 と告げた。だが、その途端とたん外套がいとうつかまれてしまう。

 まあ、俺の力が強いため――ズサーッ!――イスカが引きられる形になる。


「どうした?」


 俺は「大丈夫か?」と言って、慌てて彼女を起こす。

 自分の食べる分を子供たちに分けているのだろう。


 手足は細く、体重はやけに軽い。

 まあ、それも食糧問題が解決した事でじきに良くなるハズだ。


「無理……しないでくださいね」


 と俺を心配するイスカ。

 明らかに無理しているのは彼女の方だと思うのだが――


 エーテリアも同じ表情をしている。

 俺は思わず視線をらし、笑ってしまった。


 こっちは心配しているのに!――と思ったのだろう。


「し、失礼ですよ!」


 そう言って頬を膨らませるイスカ。何故なぜかエーテリアも同調している。

 俺としては3日くらい寝なくても大丈夫なのだが――


(しかし、その答えでは納得してはくれないか……)


 ごめん――と謝った後、


「心配してくれてありがとう」


 と彼女を立たせ、衣服の砂を払った。

 正直、人から心配される事にれてはいない。


 むしろ「ヤル気があるなら残業しろ!」「睡眠時間を削って働くのが普通だ!」「具合が悪いくらいで会社を休むな!」と教育されてきた世代である。


 長時間働くことこそが『善』であり、そこに生産性や健康は考慮されていない。

 そもそも昭和は『男は男らしく、女は女らしく』の時代だ。


 「いい大学、会社に入るために勉強しろ!」という学歴社会。

 そこにはなにりたいのか、夢や希望があるのかなどは一切関係ない。


 「嫌なことも我慢しろ!」「年上の言うことは黙って聞け!」の忍耐の世界だ。

 今から考えると時代遅れで非論理的。古い価値観の押し付け。


 情報源は家庭や学校、地域のコミュニティとテレビぐらいだ。

 インターネットは普及していなかったため、いびつな価値観を持ったまま成長した。


 引きもりが多いのも、その所為せいだろう。現在の社会において、スムーズに人間関係をきずいたり、上手うまく能力を発揮したりする事が難しいのだ。


 『働いたら負け』などという言葉も流行はやった。


(まずは、その洗脳をかなくてはいけない……)


 俺はイスカを優しく抱き締めると再び、


「行ってくる」


 と告げる。彼女を納得させられる言葉を知らないのだから仕方がない。

 効率や生産性よりも、長時間労働こそが正義なのだ。


 あきれられたのかもしれないが、俺は街の外へ向かうと〈ワープ〉を使用した。

 移動先は蜥蜴人リザードマンたちの遺跡である。


 まだ太陽は完全に沈み切っていないが、日照時間の少ない場所だ。

 すっかり夜になっていたのだが、遺跡の中は明るい。


 目の前にはミリアムが立っていておどろいた。それが彼女の持つ不思議な能力なのだろうが、どうにも俺の行動は読みやすいようだ。


 取りえず、会議室として使っている場所へと向かう。

 まずは状況の確認だ。困ったことは発生していないらしい。


 魔物モンスターの巣窟になっている『オルガラント』でも動きはないそうだ。

 俺は引き続き警戒を頼むと〈アイテムボックス〉から食糧を取り出した。


 果実や作物だけだが、それでも2、3日は持つだろう。

 蜥蜴人リザードマンたちは喜んでいる。


 また、明日も同じような時間帯に来るので、


「必要なモノがあったら教えてくれ」


 と指示を出しておく。まずは食糧を分けるのが先だろう。

 蜥蜴人リザードマンたちが相談している横で、俺はミリアムに植物についてたずねた。


 この場所にはないが、除虫菊のある場所を知っているらしい。

 明日受け取る約束をした。他に香草ハーブも用意してくれるという。


有難ありがたい……)


 後は水を渡すだけである。ただ、今渡すと余計に感謝されそうだ。帰るタイミングを見失いそうなので、ミリアムにこっそりと貯水場へ案内してもらう。

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