第83話 少女と林檎(2)


 ほとんど『キャンプ』と言っても差し支えはないようだ。

 区画エリアごとに、あまり大差はなかった。


 共通して言えるのは『住民たちは皆、疲れ切っている』という点である。

 皆一様に表情から笑みや明るさが失われていた。


 新しい武具を探すのは、後回しにした方が良さそうだ。


(買い物は気分よく、しいたいしな……)


 特にひどいと思ったのは、すみ地区エリアだ。

 イスカたちのように、集団で移動してきた連中ばかりではないらしい。


 年老いて街から逃げ出せない人たちや、砂漠で魔物モンスターおそわれ、命辛々からがら逃げてきた連中、仕事のなくなった冒険者たちが集まっているのだろう。


 統一感もなく、まるで厄介者を押し込めるような形で集められていた。

 衛生環境もいいとは言えない。放って置くと病気になりそうだ。


 男手が足りないのだろうか? 幕舎テントもきちんと張られてはいない。

 これでは風除けの意味もないだろう。


 いつ魔物モンスターが入ってきても、おかしくはない。

 住民は皆、生きる気力がせているようだ。仕方のない事かもしれないが――


(他人事とは思えないな……)


 俺はサラリーマン時代を思い出す。

 流石さすがに食べる物に困ったことはないが、皆一様に心を殺されていた。


 社員を『隔離かくりする』『依存させる』『集団圧力をかける』『疲労で思考力を奪う』『言葉を使って洗脳する』『恐怖感を与える』のが、ブラック企業のり方である。


 例えブラック企業ではないにしても、仕事がないからといって、休みを取ると怒られてしまう時代だ。


「他の人間が仕事をしているのに、お前だけ遊ぶとは……」


 どういう了見だ!――そんな理由で有給休暇も消化できない。

 異世界よ、これが日本人の団結力だ!


「なに⁉ 電力が足りなくて工場が動かせない」


 ならば事務所も節電だ。


「電気を消して仕事をしろ!」


 オフィスの電気を消し、事務の仕事をする。それが日本人である。

 ああ、痛みを分かち合うとは、なんて美しい国ニッポン!


 しかし、まだまだニッポンの素晴らしい所は沢山ある。

 例えば、残業や飲み会――それらを安易に断れば、その後どうあつかわれるのか。


 蹴飛けとばされても文句は言えない。

 また、支払われる残業代には上限がある。


 つまり上限を超えた『ただ働きは当たり前』ということだ。

 残業代が支払われない事に疑問を持ってはいけない。


 野球少年だったのなら、分かるだろう。野球部に入ったとして、実力があっても、グラウンドの整備や球拾いしかさせてはもらえない。


「三年生は、これが最後の試合なんだぞ!」


 そんな理由で一、二年生は野球部なのに野球ができない。

 俺たちの学生時代は、それが普通だった。


 万歳ビバ、封建社会。みんな大好き『MADマッド INイン JAPANジャパン』である。

 大人になっても、社会では同じことが行われているだけだった。


 世界に誇る日本の文化に『下請したうけイジメ』がある。

 日本人は大企業のためなら団結して弱い者叩く――まさに経済大国ニッポンだ!


 売れなかった自社の製品を社員に買わせるなど、民間企業では当たり前のことだった。


(まったく、理不尽な時代だな……)


 俺は動けそうな連中に声を掛け、水と食糧を渡すことを約束して、幕舎テントの張り直しを手伝ってもらった。


 これで少しはマシになっただろう。

 自己満足かもしれないが、エーテリアに浄化をお願いする。


 その時だった。


「少年、なにが目的だ?」


 背後から声を掛けられる。不審者だと思われたのかもしれない。

 面倒だと思いつつも振り返ると、そこには女騎士がいた。


 いや、騎士というには装備が貧相ひんそうだ。剣士といった方がしっくりくる。

 それでも他の連中とは違い、身形みなりは整っていた。


 瞳にもあきらめの色は現れていない。

 彼女もまた【神器】を求めて、この街に来たのだろう。


 先程まではいなかった。

 恐らく〈神器選定の儀〉を受けるために、申し込みに行っていたようだ。


 ならば、カムディも戻っている頃だろう。


「この少年は幕舎テントを張り直すのを手伝ってくれていたのです」


 と近くに居た老婆が説明してくれる。

 ずっと座っていたのだが、動く気配はなかった。


 そのため、眠っているのだとばかり思っていたが――


(違ったようだ……)


 しかし、これは幸運チャンスでもある。乗っかることにしよう。


「見て見ぬ振りは出来なかったからな」


 社畜だった頃のトラウマが発動した――とは言えず、そんな台詞セリフを返してしまった。エーテリアは俺から視線をらし、肩をふるわせ、口元を押さえている。


(笑わないで欲しいのだが……)


 しかし、女性は俺の言葉を信用しなかったようだ。それはそうだろう。

 この状況で、他人の言葉を鵜呑うのみにするのは危険である。


 俺自身、下手に誤解をくことは、しない方が良さそうだ。

 まだ、修復していない幕舎テントが残っていたので、


魔物モンスターが入って来ると大変だろ」


 と指差す。自分にも利点メリットがある事を示したつもりだったのだが、ほぼ同時に、


魔物モンスターだ! 魔物モンスターが来たぞ!」


 そんな声が上がる。

 別に俺が呼んだワケではないのだが、来てしまったモノは仕方がない。


「確かに、そのようだな」


 と女性は納得してくれたので――


(ある意味、結果オーライか……)

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