第88話 猫散歩(1)


「ミヒル、ちょっと動いてみてくれ」


 俺の言葉に、


「分かったニャ!」


 とミヒル。自分の身体からだに起こった変化を理解しているようだ。

 俺の背中から飛び降り、スタッと着地をする。


 そして、少しだけ距離を取ると――その場で軽く両手を振った後――ひざを曲げ、バク転を行った。ニャンぱらり♪


「まあ!」


 とおどろいて声を上げたのはイスカだ。

 だが――にゃふっ!――とミヒルが得意気な顔をした。


 反応が欲しいのだろう。

 イスカはまゆひそめつつ、パチパチと拍手はくしゅを送る。


 今も、あまり変わらないのだが、最初に出会った時はせこけていた。

 歩いたり走ったりは出来るのだが、見ている側からすると危なっかしい。


 そんな少女が目の前で機敏きびんに、飛んだりねたりしている。

 ビックリするのは当然だろう。


 気分を良くしたミヒルとは裏腹に、イスカは心配で内心オロオロしていたようだ。

 だが、次第にバカバカしくなったのかもしれない。


 最後には――はぁ――と溜息ためいきいた。俺としては、


(これなら『いざという時』逃げ出すことも出来そうだ……)


 と安心する。敵がゴブリンであるのなら、戦ってもなんとかなっただろう。

 けれど、今回の相手はジャイアントスコーピオンやダークウルフだ。


 真面まともり合うには分が悪い。


「ミヒル、もういいぞ」


 俺が言うと「ニャー♪」と鳴いて、再び抱き着いてきた。

 めて欲しいのだろうか?


 取りえず、頭をでておく。すると条件を満たしたようで『〈キャットウォーク〉を習得しました』とメッセージが表示された。


 どうやら、高低差のある場所をジャンプで移動する際、補正が付くようだ。


(確か、猫は自分の体長の5倍の高さまで飛べた気がする……)


 また同時にみょうな視線を感じた。カムディのようだ。

 先程まで、イスカとたような反応をしていた。


 表情がソックリなのは『流石さすがは姉弟』といった所だろうか?

 だが、こっちは別の意味でおどろいていたらしい。


「いったい、なにをしたんだ⁉」


 と興味を示す。自分も『強くなれるのでは!』と期待したらしい。

 そのひとみかがやきから、すぐに分かった。


 まあ、ミヒルみたいな子供が――大人おとな顔負けの――軽業アクロバットを突然、披露ひろうしたのだ。

 俺が『なにかした』と思うのは当然だろう。


 通常、十代になれば、種族レベルも10に達するハズだ。

 この世界の人間は『成人の儀式』をることで『職能クラス』を得ることが出来る。


 本来ならカムディも、職能クラスを持っているハズだ。

 ただ、今の『人間族リーン』は【根源】を失っている。


 当然、職能クラスを得ることは出来ない。

 そんな状態では、強くなる事もむずかしいだろう。


 先程の街の住民も、俺が魔物モンスターを倒したことで態度が軟化した。

 少なくとも、この地域の人間社会では『強さ』も一種の信仰のようだ。


(種族技能スキルを習得させることは可能だが……)


 今は住む場所を追われ、食糧もない状況である。

 まずは環境を整える方が先だろう。


 ゲームでいう所のレベリングも可能だが、カムディの場合、土台となる身体からだ作りが出来ていない。


 ある程度、健康な状態に戻してからレベルを上げた方が身体能力ステータスにも影響がありそうだ。


「明日の〈神器選定の儀〉が終わってから説明する……」


 と答えた後、


「まずは場所を確認して置きたい」


 そう言って、やや食い気味なカムディを制す。

 まあ【神器】が手に入らなければ魔物モンスターとの戦いに勝利することは出来ない。


 そのことはカムディ自身も理解しているのだろう。

 今日の所は大人しく引き下がってくれた。


 イスカは口には出さなかったが『弟が無茶をするのでは?』と心配していたようだ。一旦、保留となった事で、再び安堵あんどする。


他人ひとの心配ばかりしていては、身が持たないぞ」


 そんな俺の台詞セリフに、何故なぜかエーテリアが笑った。

 なにか言い返した方がいいのかもしれないが、言葉が見付からない。


 エーテリアには抗議こうぎの視線を向けるだけにして、一先ひとまず、明日の会場を見に移動することにした。


「一緒に行くニャ♪」


 と言って、手をげるミヒル。遊ぶのにもきてきたのだろうか?

 子供たちを見ると、ゴムボールのようなモノを岩や木の板に当てて遊んでいる。


 ね返ってきたボールをキャッチするようだ。

 今のミヒルが参加すると余裕だろう。


 子供相手に遊ぶのであれば手加減が必要なので、詰まらなかったのかもしれない。

 いや、それよりも――


「あれ、スライムのコアじゃないのか?」


 鑑定する気はなかったが、結果が勝手に表示されたので指を差し、俺はイスカへたずねる。彼女は一瞬、キョトンとしたが、


「そうだったんですね!」


 とおどろく。どうやら知らずに、子供たちの玩具おもちゃとして使っていたらしい。

 街の地下水路や岩場などに落ちていて、昔からある定番の遊び道具のようだ。


 俺はその内の1つを受け取ると、詳しく調べてみた。スライムの干乾ひからびたコアらしく、水へけると数時間後にスライムとして活動するそうだ。


 雨季と乾季に適応したスライムの知恵らしい。水が貴重なこの街では、危険なモノではないが注意だけはしておくように伝えておく。


(なるほど、乾燥させて持ち込むという方法があるのか……)


 スライムの危険度について、見直す必要がありそうだ。

 しかし、この街は全体が砂におおわれている。


 例えスライムになったとしても、砂さえかければ子供でも倒せるだろう。使えそうではあるので、カムディにスライムのコアを集めておいてもらうように頼んだ。

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